「区長への手紙」を共有する意義
もう10年以上前のことになるでしょうか。「生協の白石さん」が一大ブームになりました。「白石さん」は、当時、東京農工大学の生協で働いていた職員。その生協には、利用者アンケート用紙「ひとことカード」が設置され、そこに寄せられた要望や質問に対する回答が学内に掲示されていたのですが、「白石さん」の回答が真面目で、なおかつウィットや愛に溢れていると一躍有名になりました。「僕にはまだ春が来ないのですが…」といった、一見販売とは関係のない「ひとこと」にも、丁寧に、そして機知に富んだ回答を書いてくれる「白石さん」。こうしたやりとりは書籍にもなり、本は大ベストセラーになりました。
なぜ今、「白石さん」を思い出したのかというと、東京都中央区『区のおしらせ 中央 平成30年6月11日号』に掲載されていた「区長への手紙から」という記事を目にしたからです。中央区では、区民からの意見・要望などを「区長への手紙」として、区施設のカウンターに備えてある広聴はがきや、区のホームページ、ファクス、投書箱でも受けつけているそうで、同記事には、そこに寄せられた声と回答が掲載されていました。
もちろんこちらは、意見・要望、回答とも、いたって真面目なものです。しかし、その記事で取り上げられていたやりとりを、私も「なるほど」と興味深く見入ってしまいました。
例えば、「月島図書館の混雑がますますひどくなっているように感じる」という声。そこにはさらに具体的な対策案も提示されています。対して区側からの回答は、行政側も問題を把握していて、さらに提案を吟味し、「ブックポスト」を検討するというものです。
区は図書館の利用者数を数字で把握できますが、その数字が、利用者がなにかしらの策を希望するレベルであるということがわかるわけですから、区側にとってこうした区民の声は貴重です。また声を届けた区民も、区側の考えを把握することができるので、このようなやりとりは有用です。
一方で、この「区長への手紙」が公開されていることも、こうした制度の重要な要素ではないかと思うのです。もし公開されなければ、行政が問題を把握していることも、具体的に区民から提案があったことも、その提案についてさらに行政が検討したことも、ほかの区民は知ることができず、多くの区民が不満を心にため込んでしまうことでしょう。
こうしたやりとりを1対1で終わらせず、より多くの人の目に触れさせること。そこに「白石さん」的な、おそらく相手の声に耳を傾け、誠意をもって答えようとする姿勢が垣間見えたとき、行政と区民との間の相互理解が始まるのではないかと思うのです。