高齢者が安心して暮せるように…三川町の高齢者虐待防止への取り組み
少し前の話になりますが、夫とふたりで近所のレストランにランチを食べに行ったときのこと。隣のテーブルで、90歳近いと思われる女性と、その女性より10歳ほど年下ではないかと思われる女性ふたりが食事をしていました。親子ほど年齢が離れているようには見えなかったので、おそらく姉妹なのでしょう。
食事をしていると、年下の女性がだされた食事について「多過ぎる」と文句を言いだし、やがてその矛先は相手の女性の生活態度に。次第に声は大きく、口調も激しく罵倒するかのようになり、ついには高齢の女性をひとり残して先に帰ってしまいました。ポツンと残された女性は、その後、ひとりで料理を完食し、帰っていかれました。
山形県三川町の広報『平成30年11月15日号 広報みかわ』の「みんなで支え防ごう!高齢者虐待 高齢者がいきいきと安心して暮せるまちへ」という記事を目にしたとき、真っ先にあの姉妹を思い出しました。私の中で、ずっと引っ掛かっていたのです。あの罵倒は虐待ではなかったのか。高齢の女性が、かなりの量の料理を完食されたのは、もしかしたらずっと空腹だったからではないか。そして、罵倒した女性も、なにか追い詰められていたのではないか…と。
他人の家のこと、しかも高齢とはいえ、おとな同士のいざこざに口だしするのは、とても難しいものです。あの姉妹は、もしかしたらあのような言葉のやりとりを小さいころから互いにしていて、ふたりの間ではなんていうことのないことだったのかもしれないとも思うからです。一方で、「怒鳴る、ののしる、悪口を言う」「侮蔑をこめて、子どものように扱う」のが心理的虐待の例として挙げられていると、やはり虐待だったような気もしてしまいます。
記事には、「高齢者虐待が起こる背景は、昔からの人間関係や介護などで心身ともに疲れ、追い詰められてしまうなどさまざま」であり、「ひとりで抱え込まないよう、みんなで介護者を支えていく地域づくりが大切です」と書かれていました。あの姉妹と同じ地域に住む者として、私になにができたのか、できるのか、重い宿題をだされたような気がしています。