大切に保管されている千羽鶴…東日本大震災が私たちに残したものとは
宮城県東松島市の広報紙『市報ひがしまつしま 2020年2月1日号』に、「あの日の『感謝』を忘れずともに未来へ 千羽鶴を未来へ残すアートプロジェクトに参加しませんか」という記事を見つけました。
記事には、東日本大震災後に、全国各地から届けられた千羽鶴や応援メッセージなどの一部が、まだ大切に保管されているということが書かれていました。もう9年にもなろうとしているのに、未だに保管してくれていたとは。震災直後、自分には、こんなことしかできないのかと、無力感にさいなまれながら、それでもせめて心はともにあろうと、思いを込めて千羽鶴を折ったことを思い出しました。「あの日の『感謝』を忘れず」という見出しを見て、感謝などいうことはさておき、あの時になんとか励ましたいという思いは通じたのだと、胸が熱くなりました。
実はつい先日、思いが通じたと感じた出来事が、もう一つありました。大学4年で、まもなく卒業を控えた息子が、仙台に一時滞在している友達のもとを訪れた時このと。初対面の地元の方が、案内を買って出てくださったそうなのです。女川、石巻などを車で回りながら、「この階段の途中まで水が押し寄せてきてね…」などと語ってくださった話は、若い心に突き刺さったようで、「やはり現地に行かないとわからない」と、帰宅した直後からしきりに言っていました。
寒いからと“おでん”までごちそうしてくださったという、その方は、どのような思いで、東京の大学生に付き合ってくださったのでしょうか。お礼状を書く息子の隣で、一人思いを馳せていました。
「すべての人が幸せになる。これを邪魔している最大の敵は、私たちの心の中に住む、隣人の苦しみ、痛みへの無関心ではないでしょうか」とは、マザー・テレサの言葉です。人の痛みを我がこととして心を寄せる…ということは、なんと大きな実りをもたらすものなのでしょう。大災害の中にあって、私たちは一つ、確かな学びを得たのかもしれません。