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先人に想う ~明治維新150年に寄せて ~

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佐賀県佐賀市

東京大学総合研究博物館 特任教授 洪 恒夫(こう つねお)さん
市報さがでは、幕末維新期を中心に活躍した「佐賀市が輩出した偉人たちにスポットをあて、縁のある人にインタビューを行います。
今回は、肥前さが幕末維新博覧会で展示アドバイザーを務めていただいている東京大学総合研究博物館特任教授で、洪浩然(こうこうぜん)の子孫、古賀穀堂(こがこくどう)の縁者でもある、洪恒夫(こうつねお)さんにお話を伺いました。(聞き手 池田剛(いけだつよし))

◆先祖は洪浩然(こうこうぜん)
豊臣秀吉(とよとみひでよし)が起こした朝鮮との戦争「文禄 慶長の役」の際、佐賀藩から鍋島直茂(なべしまなおしげ)公が朝鮮に出兵しましたが、その時、朝鮮から連れて来られた「洪浩然(こうこうぜん)」(韓国名「雲海(うんかい)」、当時12歳)が私の先祖になります。
洪浩然は、子どもの頃は、勝茂(かつしげ)公(直茂公の子)と兄弟のように育てられ、長じては書家・学者として活躍しました。
浩然は晩年、儒教の「生まれた地で死ぬ」という慣(なら)わしから、故国への帰郷を申し出ましたが、勝茂公に強く引き止められ、佐賀でその生涯を終えました。

◆古賀穀堂(こがこうどう)とも縁がある
私には弘道館の教授として多くの人材を幕末維新期に送り出した古賀穀堂(こがこくどう)とも深い縁があります。
弘道館の初代教授を務めた古賀精里(こがせいり)(穀堂の父)の妹、幸(こう)が、浩然から数えて6代目の洪安常(こうやすつね)と結婚しました。
しかし、安常と幸には子どもができなかったため、古賀家から精里の次男、安胤(やすたね)(穀堂の弟)を養子に迎え、洪家はここで重ねて古賀家と親戚関係を結び今日まで続いています。

◆肥前さが幕末維新博覧会のターゲットは佐賀県民
このたび、縁あって「肥前さが幕末維新博覧会」の展示アドバイザーを仰せつかりました。
県民の皆さんにとって、この明治維新150年というのは、自分たちの歴史を知る一番の大きなチャンスではないでしょうか。
佐賀の人の奥ゆかしさからか、これまで自分たちのことを大々的に発信することはしませんでした。
今回の博覧会は、その歴史の蓋が開き、鍋島直正公(なべしまなおまさ)を中心とした佐賀の偉業を再発見し、自分たちを知る絶好の機会になると思います。幕末維新において、佐賀がいかに大きな役割を果たしたのかを実感します。
それを掘り起こすことをテーマとした博覧会なんです。
肥前さが幕末維新博覧会のターゲットは、第一義的に、県民・市民の皆さんです。まずは、「おもしろそうだ!」から入ってもらい、発信者が伝えたいことをストレートに受け止めてもらいたいと思います。

◆何度でも足を運んでもらいたい
佐賀は、すごい歴史を持っています。盛り込む中身は、それらをわかりやすく伝えようとしています。
最初は興味を持ってもらい、それから少しずつ深みを感じてもらえればと思っています。
そのためにも、会場には何度も足を運んでいただきたいですね。
私は、この博覧会がきっかけになり、佐賀に変化が生まれるのではないかと期待しています。

企画・編集:
本庁 企画調整部 明治維新150年事業推進室
【電話】40・7008
【E-Mail】kikakuseisaku@city.saga.lg.jp

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