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5月1日改元「令和」時代はじまる(2)

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栃木県那須烏山市

バブル景気が最高潮に達し、竹下内閣による「ふるさと創生1億円事業」が話題となる中、平成の幕は切って落とされました。海外では、天安門事件やベルリンの壁崩壊、冷戦の終結など歴史的な出来事が次々と起こる節目の年でした。
この頃、南那須町では、米国メノモニー市との姉妹都市締結のきっかけとなった「ローラの家」が完成。また、烏山町では、那珂川フェスティバルや早野巴人(はじん)顕彰全国俳句大会が初開催されるなど、市民有志による様々な「まちおこし」活動が積極的に繰り広げられました。
翌2年からは、東小学校の開校を皮切りに、下江川中学校の新校舎、向田小学校新校舎完成、荒川中学校の移転新築と市内の学校が次々と整備されました。
また、南那須地区の地域医療の拠点として切望されてきた那須南病院の開院もこの頃です。
主な観光拠点の整備も相次ぎました。3年には、山あげ会館がオープンし、リアルロボット「勘助じいさん」が話題となりました。その後も、龍門ふるさと民芸館、こぶしが丘温泉、やまびこの湯と新たな施設が続々と完成しました。
インフラ整備も着々と進みました。5年の山あげ大橋、興野大橋開通に続いて、八溝グリーンライン全線開通、国道294号烏山バイパスや高瀬橋が開通します。さらに、烏山大橋、神長トンネル、宇都宮街道、仁井田鴻野山バイパス、国道293号バイパス、高瀬トンネルと道路整備が進みました。下水道では、10年に南那須町、15年には烏山町が供用を開始しました。
そのほか、大桶運動公園、清水川せせらぎ公園、緑地運動公園、保健福祉センター、南那須図書館などの公共施設が次々と整備されてきました。

しかし、世の中はバブル崩壊に続く金融危機の影響で不況が長引き、また、少子高齢化と人口減少などにより経済・財政は縮小し、地方にも暗い影を落としていました。
このような中、政府は、地方分権一括法による合併特例法の改正で、市町村の合併を推進しました。この「平成の大合併」で、全国の市町村数は半数近くまで減少しました。
南那須町と烏山町も、17年10月に合併し、那須烏山市が誕生したのです。あれから14年が経過しましたが、人口減少に歯止めがかからず、18年の境中学校閉校に始まり、向田小学校・野上小学校、東小学校、興野小学校、県立烏山女子高等学校、七合中学校が次々と閉校し、27年には荒川中学校と下江川中学校が統合するなど、学校の閉校が相次ぎました。また、公共施設の縮小も次第に進みました。

平成は、近現代日本史の中で初めて戦争がない時代でしたが、様々な自然災害が立て続けに起きています。雲仙普賢岳噴火、阪神淡路大震災、中越地震、御岳山噴火、熊本地震、西日本豪雨…。23年の東日本大震災では、2万人近くが犠牲となり、40万戸以上の住宅が全半壊しました。また、その後の福島第一原発の原子力事故による放射能被害は、8年以上たった今も大きな影響を残しています。
本市でも、人的被害が発生したほか、住宅の全半壊や公共施設の甚大な被害、放射能事故に伴う風評被害など、未曽有の大災害だったことは記憶に新しいところです。

さて、広報紙をとおして平成を振り返ってみましたが、この31年は、まさに波乱万丈の時代といえます。
次のコーナーでは、平成への思いと令和時代への期待を、市民の皆さんに聞いてみました。

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