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5月1日改元「令和」時代はじまる(3)

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栃木県那須烏山市

街かどインタビュー 私の平成、新時代への期待

◆「令和」時代に向けた夢
佐藤 篤史さん

平成元年8月8日生まれ、よく末広がりの幸せ者と言われますが、平成はこれまでの僕の人生そのものです。大学進学と同時に上京し、そのまま都内のIT業界に身を置きましたが、昨年1月、地元に戻り、金属加工の家業を継ぎました。
高校時代は、東京で一旗あげたいと思っていました。ITの寵児(ちょうじ)といわれる人が次々に登場した頃です。だから、帰郷したと聞いた人は一様に驚きます。都会生活はそれなりに楽しかったですが、毎日、何かに追われるような忙しさが付きまといました。振り返ると、目指していたものと現実のギャップに気づき、故郷に戻る決意をしました。
今は、技術の取得と経営のノウハウを学ぶ毎日。今更ながら町工場の技術力は、世界に誇れると感じています。それを支える職人を確保し、自らも技術を磨くのが「令和」時代に向けた僕の夢です。それが、寂しさが増す地域の活性化につながるのではないかと思います。

◆まちおこしに全力で奔走
佐藤 大通さん

那珂川フェスティバル、山あげ祭への石見(いわみ)神楽(島根県)招へい、「烏の本」の発行、「かわら版」の発刊、烏山城案内板の建立…私の平成時代は、商工会活動を通じて「まちおこし活動」に全力で奔走した31年間でした。
始まりは、平成元年の那珂川フェスティバル。責任者として安全面に苦労した思い出があります。寄付集めと並行して、何度も川下りを試し、苦労のかいあって成功したときの感慨はひとしおでした。
以来、仲間と共に地域活性化事業に関わり続けてきました。私自身、30歳代で人生でも充実した時期でしたから、可能性を信じて挑戦を続ける日々でした。
今は、以前ほどのバイタリティはありませんが、地域の役に立ちたいという思いに変わりはありません。「令和」時代になっても、若い人が夢を持てるまちに、みんなで協力すれば何とかなるという仕掛けを残していきたいですね。

◆心に残った看護の姿を未来に
内藤 愛子さん

今年は、何事も「平成最後の」と言いますが、平成最後の成人式を実行委員会の一員として企画・運営に取り組みました。懐かしい旧友との活動は、楽しい経験でした。
今は、看護師を目指して大学で勉強中です。進路を決めたきっかけは、自宅で療養していた今は亡き祖父が利用していた訪問看護でした。祖父はもちろん、家族に寄り添い、親身になって様々な相談に乗ってくれた姿に感激したからです。それがなかったら、「家で過ごしたい」という祖父の希望も「自宅で看取りたい」という家族の願いもかなえられなかったと思います。
私にとっては、これまでの人生はすべて平成時代ですから、改元といっても特に感慨はありません。でも、これから始まる世の中が平和であることを願っています。そして、あの「看護の姿」が未来の自分に重ね合わせられるよう、看護師としての基礎を学び、現場で経験を積んでいきたいと思います。

◆人生を変えた波乱の平成時代
曾根原 勉さん

30年ほど前、転勤をきっかけに首都圏から市内に移り住んだので、平成はここでの生活に重なります。
このまちを選んだのは、近くに温泉があって通勤できたからですが、バリバリの仕事人生を見つめ直し、第2のステージに移ろうという気持ちも心の片隅にありました。
そんな生活が一転したのは、東日本大震災です。自宅は全壊して再建不能。県内唯一の仮設住宅の代表は、これまでとは全く違った人生でした。苦労もありましたが、勉強にもなり、幸せな時間でした。地域の人々の善意や優しさを実感し、絆(きずな)を強く感じました。
今は、民生委員の代表を務めています。全く経験がなく、介護しながらの忙しい日々ですが、地域への恩返しの意味も込めて、大変だとは思いません。
今、問いかけられれば、私にとって「波乱の平成」ですが、いい時を過ごせました。新しい時代は、一日一日をもうけものと思って生きていきたいと思います。もちろん、地域との絆を大切にしながら…。

◆介護保険と共に歩んだ平成
黒尾 由実さん

平成元年は、ちょうど高校入学の時です。バブル期の真っ最中で、華やかな都会へのあこがれもあり、首都圏の大学に進学しました。でも、とたんにバブルがはじけ、就職難が頭から離れない学生時代を過ごしました。おかげで、故郷に戻り、今の生活につながっていますから、良かったと思っています。
卒業後は、管理栄養士として病院勤務を経て、平成12年にJAに就職しました。介護保険制度がスタートした年です。以来、ケアマネージャーとして今に至っていますので、私の平成は、いわば介護保険と共に歩んできたように思います。
中でも印象深かったのは、やはり東日本大震災です。出張の途中、トンネル内で遭遇した時のことは、今でも鮮明に覚えています。これを契機に、症状が悪化した介護利用者も少なくありません。
新しい時代を迎えて、災害や少子高齢化、人口減少など心配な面もありますが、安心して暮らせる社会となることを信じたいです。

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