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10月5日 末松謙澄 没後100年を迎えます

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福岡県行橋市

行橋出身の大先輩 末松謙澄(けんちょう)をもっと知ろう!

末松謙澄は明治時代、伊藤博文内閣で内務大臣などを務めた政治家です。また文学や芸術など多くの分野に精通し、日本の発展に幅広く貢献しました。没後100年を迎える今年、市では謙澄のさまざまな業績を振り返る催しや企画を展開しています。

◆末松謙澄
謙澄は明治から大正時代にかけて、世界を舞台に活躍。日本の国際化と近代化に大きな足跡を残しました。
そのパワフルな活動は政治、外交、法律、文学、美術、演劇、歴史、教育等驚くほど多岐にわたり、才能を次々と開花させました。

1855年(安政2年)現在の行橋市前田に誕生!
日本がペリーの2度目の来航により不平等条約を結んだ翌年のことです。
ここから日本はアメリカやヨーロッパなどの西洋の国々と交流をはじめ、社会は大きく変化していきました。そんな激動の時代を生きた人物です。

◇末松謙澄(1855~1920)の生涯略歴
・安政2年―豊前国京都郡前田村(現・行橋市前田)に誕生し、大庄屋の息子として大事に育てられる。
・慶応元年―10歳になると父の親友である地元の村上仏山の私塾「水哉園(すいさいえん)」に入門。漢学を学ぶ。
・明治4年―17歳で上京し、生涯の友、高橋是清と出会う。英語と漢学の交換授業を行い、高橋と協力して外国新聞の翻訳で生計を立てつつ東京日日新聞社へ記事を売り込み、明治7年に同社の記者となる。
・明治8年―伊藤博文に認められて官僚に。
・明治11年―外交官としてイギリスに赴任したが、歴史の勉強に集中するため明治13年依願免官、翌年イギリスのケンブリッジ大学へ入学。
・明治15年ーロンドンで英訳『源氏物語』を出版。(現在多くの言語に翻訳され、日本の文化を理解する文学作品として世界に広まっている。)
・明治19年―帰国。演劇改良会を首唱発足、近代的なスタイルの歌舞伎を明治天皇の前で披露する天覧歌舞伎をプロデュース。
・明治22年―伊藤博文の次女・生子と結婚。
・明治23年―第1回衆議院議員選挙に当選し政界入り。
・明治25年―法制局長官、明治31年逓信大臣、明治33年内務大臣。
・大正9年―8月幕末・明治維新史である『防長回天史』の初版本が完成。
・大正9年―10月65歳で逝去。

◆末松謙澄没後100年を記念するさまざまな取り組み
◇市報ゆくはしに「文化人末松謙澄」を連載
市内の文化・歴史関係者らでつくる「文化人末松謙澄を考える会」の方が謙澄の文化、芸術面での活躍に光をあて、広く紹介しています。
[昨年11月1日号から来月10月1日号(予定)まで主に1日号に掲載]
※市ホームページ「末松謙澄没後100年記念事業」から、現在までの掲載分を見ることができます。

◇末松謙澄の紙芝居を上演
「ゆくはし屋根のない博物館市民学芸員の会」が末松謙澄のことを小中学生から大人まで広く知ってもらいたいと作成した紙芝居。
9月19日(土)、9月26日(土)11時~12時にリブリオ行橋にて上演します。

◇第3回ゆくはし国際公募彫刻展 ビエンナーレ2021
末松謙澄をテーマとした彫刻作品を募集。9月末まで入賞5作品の模型をリブリオ行橋にて展示し、市民賞&子ども大賞を選ぶ市民投票を実施中!
10月2日(金)~11月3日(火・祝)はコスメイト行橋にて実施。

◇行橋市図書館リブリオ行橋に「郷土の偉人 末松謙澄」コーナーを設置

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