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市長のいきいき通信

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長野県須坂市

■臥竜公園竜ヶ池開池90周年と時代の耐久性
1918年から1921年にかけて、いわゆるスペイン風邪が大流行し、1926年には、本多静六林学博士が「須坂町公園設計案」を作成されました。1930年から1931年にかけて、世界恐慌の影響を受けた日本では昭和恐慌に見舞われました。そして、1931年に須坂町でも失業対策事業として竜ヶ池の築造がされ竣工(しゅんこう)しました。激動の10年余でした。
本多博士は、「須坂町公園設計案」において、世界文化の大勢、公園の必要性、世界的に製糸業が盛んな須坂の世界的潮流への対応、そして、世界文化の大勢は、健康第一主義であり、その方法として、新鮮な空気、十分な日光、偏りない新鮮な食物と述べています。
設計にあたっては、地形、気候、史跡、天然記念物、習慣、風景、既存施設など現存するものを活用して風景美を際立たせ、最少の経費で最大の効果を引き出し、休養、保養の場所としなければならないと述べています。
本多博士の崇高な理念が掲げられ、現場主義で、今あるものを最大限に生かしたことが、今も愛され続ける臥竜公園になっています。
クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏は、「時代の耐久性」を重視していますが、臥竜公園は「耐久性」により、竜ヶ池開池90周年を迎えました。
※市長のコラムバックナンバー「新1万円札の肖像渋沢栄一と本多静六と須坂市」もお読みください。

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