- 発行日 :
- 自治体名 : 鹿児島県いちき串木野市
- 広報紙名 : 広報いちき串木野 令和7年10月20日号(第240号)
■日本の近代化に貢献した第二次米国留学生
1866年10月、ロンドンで留学中の薩摩スチューデントたちのもとを5名の薩摩人が訪れます。薩摩藩の精忠組を中心に構成された第二次米国留学生で、仁礼景範、江夏蘇助、種子島敬輔、吉原重俊、湯地定基でした。彼らは目的地の米国に向かう前に、英国に立ち寄ったのでした。
邂逅を喜びあった彼らは、互いに情報を共有し合い、日本国内の動向からヨーロッパの情勢にいたるまで一晩中語り合いました。翌日、仁礼たちは森有礼らの案内で国会議事堂やロンドン塔、ウィンザー城などロンドン市内を見物します。見るもの聞くもの驚きの連続でしたが、仁礼たちが最も驚いたことは、薩摩スチューデントたちの変貌ぶりでした。
一週間ロンドンで過ごした仁礼たちは、米国へ向けて旅立っていきました。この1年後、薩摩スチューデントの森有礼、鮫島尚信、畠山良成、吉田清成、松村淳蔵、長沢鼎たち6名は、宗教家ハリスを頼って米国に渡ります。そこで仁礼たちと合流し、共に過ごすことになるのでした。
この第二次米国留学生は帰国後、仁礼は海軍大臣、吉原は日銀総裁、湯地は北海道開拓使管吏を経て、根室県令となり北海道の農業の発展に貢献。第一陣の留学生とともに日本の近代化に尽力します。
薩摩藩英国留学生記念館スタッフ 畠中敬子
【HP】https://dl.ndl.go.jp/pid/3514947
参考文献:『若き森有礼』犬塚孝明著
問合せ:薩摩藩英国留学生記念館
【電話】35-1865
