■近代産業の礎 明治十九年設立「三重紡績会社」
かつて川島地区に設立された「三重紡績所」は、明治政府がイギリスから輸入した紡績機の払い下げを受けて、三重県初の本格的機械紡績工場として操業しました。しかし、当初は動力源とした矢合(やごう)川の水力不足に苦しみ、経営に行き詰まりました。
父から事業を継いだ10世伊藤伝七は大規模な工場建設の方針を固め、事業について相談した県令(今の知事)を介して、実業家・渋沢栄一と出会いました。
当時、第一国立銀行頭取だった渋沢は、同行の四日市支店長・八巻(やまき)道成に資金調達を指示し、資本金22万円のうち10万円を自身で引き受けるだけでなく、四日市に出向いて資産家らにも出資を募りました。
こうして「三重紡績所」は再建され、明治19(1886)年11月、四日市港に近い浜町(現在の三滝公園付近)に、れんが造り二階建ての近代的工場施設を有する新会社「三重紡績会社」として設立されました。市の近代産業の礎となった紡績産業ゆかりの地の一つを散策してみませんか。
問合せ:文化課
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