■熊野大橋(成川地区)
今回は、昭和9年ごろに撮影された熊野大橋の写真をご紹介します。写真では橋梁の基礎部分が完成し、橋のアーチ部分が取り付けられようとしている様子が伺えます。
この熊野大橋が完成するまでは、当地域で三重県と和歌山県を結ぶ橋が存在しておらず、対岸に渡るためには「渡し」と呼ばれる渡船場から船に乗っていく必要がありました。
そのため三重県、和歌山県の両県が費用を折半し、共同で橋を架ける工事を行い、基礎部分の工事は和歌山県が、上部の工事は三重県が担当しました。鵜殿村史によると工事全体で39万円の費用が掛かったそうで、当時の物価が大卒初任給90円、おそばが1杯10銭といったことから換算すると、約8~12億円に相当すると考えられます。昭和8年3月から昭和10年4月にかけて工事が行われ、全長418・5m、幅6mの熊野大橋が完成しました。
この橋の完成により、橋のふもとにあった、成川の渡しはその役目を終えましたが、下流にあった池田の渡し、上流にあった乙基(おとも)の渡しは昭和30年ごろに廃止されるまで地域住民の交通手段として利用されていました。
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