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特集 ─ 命 、未来をつなぐバトン ─ 骨髄バンクの輪(1)

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京都府福知山市

福知山市は、骨髄バンク発祥の地です。そして、「献血と骨髄バンクの支援を広げる都市宣言」を行った全国唯一の市として、日本全国に献血と骨髄バンクの輪を広げ、次世代に引き継ぎます。
10月は骨髄バンク推進月間です。
皆さんは骨髄バンクがどのような役割を果たしているか知っていますか?
今月号では、骨髄バンクに命を救われた佐藤遼(さとうはるか)さんと、骨髄バンクの設立に向けて奮闘した藤岡八重子(ふじおかやえこ)さんにお話をお伺いしました。

■何かがおかしい 体調の悪化を感じる日々
平成29年の冬、当時31歳だった佐藤遼さんは体調の異変を感じはじめていました。
「次第に疲れや倦怠感、発熱などの症状が続くようになりました。解熱剤も効かなくなったとき、やはりこれは何かの病気だと思い受診しました」
内科の先生は、血液検査の結果を見て驚いた様子だったそうです。
「『なんか数値がおかしいから専門の先生にも見てもらうわ』と言われました。正直とても不安でした。しばらくしてスタッフさんがやってきて言うんです。『ご家族の人を呼んでください』って」
病院に妻の由佳子(ゆかこ)さんを呼んで、一緒に診断を聞きました。

■生きたい理由があるのに本当に死んでしまうかも
「白血病ですね」
病名がわかった安堵感と、元々楽観的な性格なこともあり、案外冷静に話を聞けたと佐藤さんは振り返ります。
「治療法が確立されていない難病かと思っていたので、病名がついて安堵しました。しかし、私の病気の型の場合、3分の1の確率で5年以内に亡くなると説明を聞き、徐々に死を意識しました。その確率が高いのか低いのか、頭の中でぐるぐると考えました」
佐藤さんは、当時の心情の変化を思い返しながら話します。
「『治療の過程で生殖能力がなくなる可能性がある。精子保存をしてはどうか』と提案され、次の日には妻と京都市内の病院へ行きました。私が死んだら精子は破棄すると説明があり、より強く死ぬという実感がわき、福知山に帰る車の中は涙が止まりませんでした。子どもも欲しかったし、人生でやりたいことがまだまだたくさんありましたから」

■家族以外は面会謝絶 支えてくれた同僚と友人
福知山に帰ると無菌室に隔離され、輸血と抗がん剤治療がはじまりました。
「抗がん剤治療は車酔いのような胸のむかつきがあり、次第に髪が抜ける、爪が浮く、長期間の発熱などのさまざまな副作用が出ました」
家族以外と会えず、辛い治療を続ける中で、友人や同僚が佐藤さんの心を支えました。
「面会謝絶なのに、友人が私を元気づけようと病室の前まで会いに来て、手紙や千羽鶴を届けてくれました」
ほかにも、お守りをくれたり、電話で一緒に泣いてくれたりと、周囲の人のあたたかい心に助けられたと当時を振り返ります。

■骨髄バンクを通して骨髄移植
佐藤さんの場合、抗がん剤治療だけでは治りにくいことがわかり、骨髄移植を受けることに。両親や姉はドナー適合しなかったため、骨髄バンクでドナーを探すことが決まりました。
「移植可能な人はドナー候補者の中で10人いたらいい方だと言われましたが、89人も見つかって。奇跡だと思いました。ドナーさんのおかげで夏には移植が始まりました。ドナー候補者はいろいろな事情で提供に至らないこともあります。ドナーを探す人のうち、2人に1人はドナーを見つけるのに1年以上時間がかかります。私は、とても運がよかったんです」

■骨髄バンクでつながった命 子どもが生きがいに
骨髄移植を開始してから、10日ほどで血液が置き換わりました。
「前処置、移植による強い副作用はありましたが、幸いなことに拒絶反応はほとんどありませんでした。完全にドナーさんの血に置き換わったと聞き、安心感がありました。骨髄バンクとドナーさんに改めて感謝しました」
骨髄移植を受けてから6年が経ち、佐藤さんは今、4歳の女の子と、2歳になる双子の男の子と妻の家族5人でにぎやかに暮らしています。一般的に、白血病が再発する可能性が低くなるのは、骨髄移植を受けてから5年と言われています。
「病院の中で死んでしまうのかと思ったこともありましたが、これから成長していく子どもたちと一緒に過ごせることを、この上ない幸せと感じています。骨髄バンクとドナーさんの存在がなければなかったかもしれない人生。今の生活を送れていることに感謝しています」

■白血病との闘いを終え 骨髄バンクの輪を広げる
令和2年、佐藤さんは、日本の骨髄バンク設立に大きな役割を果たしたNPO法人献血と骨髄バンクの和を広げる会のことを新聞で知り、会長の藤岡八重子さんに会いに行きこう伝えました。
「骨髄バンクを通して骨髄をもらい、助かりました。ありがとうございました」
今では、佐藤さんも会のメンバーとなり、骨髄移植を受けた経験を講演会で話し、ドナー登録を呼びかけています。また、自身が勤める会社に、骨髄提供に関わるドナー休暇制度の新設を提案しました。
「せっかく骨髄バンクに助けてもらった命です。無駄にはできません。恩返しの気持ちで活動しています。ドナー候補者が骨髄提供しやすい環境にするため、献血と骨髄バンクの理解を得る活動を続けていきたいと思います」
佐藤さんは、こう呼びかけます。
「皆さんが献血や骨髄バンクに協力してくださることでやっと助かる人がいることを知ってほしいです。ぜひ献血と骨髄バンクへのドナー登録をお願いします」

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