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国の重要文化財になった!乙訓寺の十一面観音立像(1)

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京都府長岡京市

乙訓寺の「木造十一面観音立像(もくぞうじゅういちめんかんのんりゅうぞう)」が日本最古の「一日造立仏(いちにちぞうりゅうぶつ)」であることが分かり、今年6月、国の重要文化財に指定されました。市内で彫刻部門の重要文化財に指定されるのは実に45年ぶり。その魅力と発見までの物語を紹介します。

○乙訓寺の十一面観音立像
元禄8(1695)年、乙訓寺の再興に際して奈良の秋篠寺(あきしのでら)から移され、現在は本尊の向かって右側に安置されています。右手に錫伺(しゃくじょう)、左手に華瓶(けびょう)を持つ長谷寺(はせでら)式十一面観音で、高さは181.8cm。彫刻としての評価だけでなく、乙訓寺や本市の歴史を知る上で重要な価値があるとして、昭和54(1979)年に市の指定文化財に、平成29(2017)年に府の暫定登録文化財になりました。

○解体修理で発見 像の中から750年以上前の古文書が!
約330年前から乙訓寺に安置されていた十一面観音立像。経年劣化のため解体修理を進めたところ、像内から大量の紙片が見つかりました。中には200点以上の古文書があり、記されていた内容から、文永5(1268)年7月17日から18日にかけて、奈良興福寺(こうふくじ)周辺で造られた「一日造立仏」であることが判明しました。

○たった1日で彫り上げた 国内3例目で最古の「一日造立仏」
一日造立仏とは、雨乞いや疫病退散などの一刻を争う願いのために、仏師が1日で彫り上げる仏像。鎌倉時代に奈良の興福寺を中心に制作されていました。像内には、造立に縁を結んだ民衆の名前が書かれた文書などを入れ、香をたき、僧侶が真言(仏の言葉)を唱え、寄進者が見守る中で造られます。
像内納入品が確認できる状態で現存することは極めて珍しく、史料で裏付けがある一日造立仏は、なんと国内で3例目!中でも本像は最古の事例であることが確認されました。

○年表
1268…奈良の興福寺周辺で造立
?…興福寺から秋篠寺へ移される?
1695…乙訓寺再興に際し、秋篠寺から移設
1979…市指定文化財に指定
2017…府暫定登録文化財に登録
2021…修理の過程で像内の紙片を発見
2023…国重要文化財に指定

○どんな仏像なの?
頭上には本体含めて11の顔があり、「苦しむ人をすぐに見つけるために全方向を見守っている」とされています。これらを化仏(けぶつ)といい、穏やかな3面、怒った3面、牙をむいた3面、背面には大きく笑った1面があります。

ヒノキの部材を組み合わせた「寄木造(よせぎづくり)」という技法で造られています。一日造立仏は通常の仏像に比べて造形や表面の仕上げが簡素、刃物の痕跡が残る、彩色されないなどの特徴があります。

問合せ:文化財保存活用課 文化財保存活用担当
【電話】954-3557【FAX】954-8500

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