■野磨駅家(やまのうまや)物語(前編)
上郡町落地には、国指定史跡山陽道野磨駅家跡があるのを皆さんご存じだと思いますが、この野磨駅家には、非常に有名だった説話が残されています。
この説話は、『大日本国法華経験記(だいにほんこくほけきょうげんき)』『今昔(こんじゃく)物語集』『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』といった平安時代から鎌倉時代の仏教説話集に収録されているほど有名な話で、約300年に渡って世間に知られていたと考えられています。
その内容とは、大和国(奈良県)吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)の転乗(てんじょう)法師の霊験譚(れいげんたん)です。
転乗は若いころ大変気性が荒く、いつも怒っていましたが、幼いころから法華経を学び、経典を見ないでも読めるように暗記しようと努力します。
そのうちに、8巻の経典のうち6巻まではすっかり覚えたものの、なぜか残りの2巻だけはどうしても覚えることができませんでした。
そこで転乗は、ある夏に修行に籠(こも)りましたが、やはりどうしても覚えられないのでした。
修行も終わりに差し掛かったある夜、転乗の夢枕に竜の冠を被った夜叉(やしゃ)姿の人が現れ、転乗に告げました。
「あなたの前世は、播磨国赤穂郡山駅(やまえき)(野磨駅)に巣食う毒蛇(どくへび)でした。ある時、一人の聖人がそこへ宿泊したとき、あなたはその聖人を食べようとしましたが、聖人が読む法華経に聞き入ってしまい、ついに悪さをすることはありませんでした。そのため、生まれ変わり、今度は法華経を読む者となったのです。ところが、聖人が6巻まで読み終えたところで朝になり、旅立って行ってしまったので、6巻までしか聞いていなかったあなたは、簡単には残りの2巻を覚えられないのです。また、あなたがいつも人に対して怒りを抱くのは、前世が毒蛇であったため、その習性だからなのです。あなたは今よりももっと精進しなさい。そうすることで法華経も覚えることができるようになるでしょう。」
そこで転乗は一念発起して、今までよりも精進するようになったと伝えられています。
このように、地方の一遺跡が説話の舞台として残されているというのは、非常に珍しく貴重なことなのです。
<この記事についてアンケートにご協力ください。>