■『呪物』1991年小川原脩画
「陶」による立体造形作家・林雅治さんの展覧会がはじまります。その準備中、3つの不定形の塊が連結した林作品に見覚えがあるような気がして、小川原脩コレクションの冊子をめくりました。
これだ、と手を止めました。
本作、1991年に描かれた「呪物」という作品です。小川原脩が1981~83年にかけて旅したチベット・ラダックの旅では、標高4000メートル級の峠を越え、各地の寺院を巡りました。道中で見掛けた石積み。それらをスケッチし、油彩画として完成させました。「呪物」はおどろおどろしい名にも聞こえますが、峠を越える旅人が、無事を祈り積み上げた、純粋な願いのためのものです。チベット文化圏ならではの白い矩形(くけい)の建物が背景に広がる異国の風景の中に佇(ただず)む3つの重なり。上の石は、長年人の手によってなでられ形作られたのか、滑らかな丸みを帯びています。それを見上げる小鳥の姿も印象的です。
まったく異なる種の生物が、生態に合わせ進化した結果、似たような姿形になることを生物学では「収斂(しゅうれん)進化」と言うそうです。小川原脩の、アジアの祈りの精神を投影した絵画作品。片や、目に見えない心の表出を試みた林さんの立体作品。まったく異なる方向性から、一見、形としては近づいて見える両者に、収斂進化の言葉をはじめて知ったときと同じ驚きを感じたのでした。
文:沼田絵美(小川原脩記念美術館副館長)
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