■『無題』1980年小川原脩画
桃色の濃淡で表現されたしなやかな肢体と、ふっくらと太く、特徴的な白い先端のしっぽ。ここには1匹のキツネが描かれています。右から左へと、目の前を駆けてゆくさなか、こちらの視線に気が付き、ふっと立ち止まったかのようです。その口元を見て、私たちもドキッとしてしまいます。ひょろりとした尻尾の「何か」をくわえているのですから。ネズミを捕らえ、巣へと戻るのでしょう。ゆっくりと獲物を味わうのか、お腹を空かせた子ギツネたちが待っているのか、森の奥深くまでは見届けられません。
輪郭線をほとんど用いること無く、大らかに絵の具を使って仕上げています。明るい赤色の地面に現れる輝かしいパステルイエロー。このフキノトウの軽やかな筆致は、柔らかくみずみずしい春の芽吹きを感じさせます。その他にも、キツネの頭部の背景が黄色で明るくなっていることで、ハッと気が付いた様子を思わせたり、背後のグレーの色味がこれから戻っていく森の中を暗示させるなど、色彩の効果が施されているように思うのです。
絵から読み取る色や形から、隠されたストーリーや思惑を引き出しながら、絵画と向き合う時間を楽しんでみませんか。
文:沼田絵美(小川原脩記念美術館副館長)
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