■米の売り場から米が消えた?
1993年(平成5年)の冷害の年は新米が入荷せず、在庫の米が尽きた時点で米屋のシャッターが下ろされた。消費者であったわが家では北竜産の有機栽培米を定期購入していたため、収穫が少ないとはいえ予約優先でいただくことができた。しかし一般的には売り場が生活の源となる社会、流通が途絶えることがどんなに大変なことか。生活に必要不可欠な米の不足が社会に大きな混乱を生んだ。当時友人の娘さんがアレルギー体質で限定された食材しか食べられなく、購入している米を分けてあげることが出来たことがきっかけで「私には米を作る使命がある」と思い込み、覚悟を決めて家族を挙げて移住した。
冷害が及ぼした苦難はいかばかりであったかと、米作りの現場である地元の話を訊ねたところ、意外にそれ程深刻なものはなく拍子抜けするほど。災害保証の備えと米価格上昇で、人それぞれだが想定外の面白味もあったのか。生産地と消費地、当然ダメージは消費者の方が大きいですよね。住んでみないとわからない。
生活基盤を自然の中に置き種を蒔き、生活を豊かな自然の中で愉しむ。有害鳥獣に立ち向かいながら放し飼い鶏に癒され、こちらはほぼ8割型目標に近づきつつあるのかな。農耕と放牧と顔の見える個人経営は、融通が利くし、やり甲斐もあるが、米作りの現実は機械設備の維持に負荷が大きく、あと何年自分が関われるかも想像しながら今後の経営を迷う。そんな収穫期が近くなってまた「米の売り場から米が消えた」。去年からの猛暑は米だけでなく、東北以南の作物に多大な影響をもたらせた。今後気象変動等で食料危機がと囁かれ、緩みがちな当初の覚悟を思い起こせよと背中を押されているのかな。
新米が出回り一安心。驚くことに社会を担う若い世代があの平成5年の冷害を知らないという。思い返せば30年前の歴史、自然現象の記録。しかし世代を越えて国も地域も個人も生産者も消費者も、人間誰にとっても最重要である食料の大切さを実感し、備えをいつも意識して其々の役割に努めましょう。(尾﨑圭子)
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