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自治体の皆さまへ

男女共同参画コラム

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北海道浦幌町

■連載151
仕事について考える
稚内大谷高等学校校長 平岡祥孝

前号で150回を迎えました。今回からは気持ちを新たに致します。
はなはだ稚拙な文章ではありますが、浦幌町の皆様方にお眼を留めていただき、読むに堪えうる内容をお届けできるように精一杯努めさせていただく所存です。よろしくお願い申し上げます。
さて、最近、ある大手企業に勤務する管理職の方(仮にA氏)と会食したとき、氏は次のような話を聞かせてくれました。元上司(仮にB氏)が昼時に突然訪ねてきたので、すぐ昼食に誘って外に出たそうです。なぜならば、職場では招かざる客だからでした。現職時代は傲岸不遜、大言壮語の人であり、部下の手柄は横取りし、失敗は部下に責任転嫁していたので、部下からは嫌われ、周囲からも評判が悪かったようでした。
食事中にB氏はA氏に対して、在職中に「ああしてやった」「こうしてやった」と、恩着せがましく話し、「今、お前がその職にあるのは俺がいたからだ」とまで言われたそうです。
最後は「今度は夜に一杯飲もうや」と言って帰ったそうです。もちろん昼食代はA氏が負担したとのことでした。「不愉快な時間のためにお金を使ってしまった」と、温厚なA氏は苦笑していました。「また、たかりますよ。泥棒に追い銭です」と、私は軽口を叩きました。
私の恥多き大学教員生活を振り返ってみても、「教員と学生」の関係を履き違えて、やたら恩師ずらをして、「教え子」とか「弟子」呼ばわりしたり、挙句の果てには「子分」とまで言ったりした教員も少なからずいました。同窓会などでは、かつての武勇伝や自慢話、あるいはB氏と同様に恩着せがましい話を誇らしげにする教員も数多く見てきました。思い出話は卒業生から出てこそ値打ちがあると思い、私は教員の傲慢さを感じていました。
以下、あくまでも私見です。私は「教え子」という言葉は好きではありません。私立大学一筋に勤務してきた者としては、大学はサービス業という意識を忘れることなく、学生の教育と指導・支援に携わってきました。単に教えたという上から目線のような発想ゆえに「教え子」という言葉があるような気がしていました。もちろん学生に迎合する必要は全くありません。けれども、「学生と共に勉強してきた」という謙虚さが教員には必要ではないでしょうか。卒業研究の指導や就職の支援は、あくまでも教員としての仕事です。
卒業すれば、長幼の序はあったとしても同じ社会人同士です。だから呼び捨てにしてはいけないと思うのです。恩師と呼ばれるためには、教員は学生に誠実に接していくことを通して、学生との間に信頼関係を築き、学生から学問的だけでなく人間的にも尊敬される何某かを持ち合わせていなければなりません。自戒を込めて言うならば、教員こそ人格の陶冶に励むべし。教員の清く正しく美しく生きる姿を見て、学生も感化されるのでは。
前術のB氏には部下から敬愛される要素は皆無です。現職時代は地位や肩書きに対してのみ頭を下げられていたことを、B氏は理解していなかったのでしょうね。肩書きは仮の姿ではありませんか。肩書きが取れれば、ただの人ですよ。退職しても上司のような振る舞いをしていること自体、醜態を晒しているようなもの。知らぬは本人だけ。ある意味、滑稽。関係性を基盤として長寿社会を生き抜くためには、現職時代の人望の有無が条件か。

▽ひらおか・よしゆき
元札幌大谷大学社会学部教授。英国の酪農経営ならびに牛乳・乳製品の流通や消費を研究分野としている。高校生・大学生の就職支援やインターンシップ事業に携わってきた経験から、男女共同参画、ワーク・ライフ・バランス、仕事論、生涯教育などのテーマを中心に、講演やメディアでも活躍。

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