町は、認知症の人が尊厳を保ちながら希望を持って暮らすことができる地域共生社会の実現に向けて、認知症に関する情報を発信しています。脳科学者の恩蔵絢子(おんぞうあやこ)さんによる認知症講演会を開催しましたので、講演の一部を紹介します。
■講演会開催概要
講演会は、8月25日(日)に文化センターで次のとおり開催し、255人が参加しました。
テーマ:脳科学がひも解く認知症~感情が作る「その人らしさ」~
講師:恩蔵絢子(おんぞうあやこ)さん
○講師紹介
1979年、神奈川県生まれ。脳科学者。専門は自意識と感情。2007年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻後期博士課程修了(学術博士)。2024年現在、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学非常勤講師。
同居する母親が2015年にアルツハイマー型認知症と診断され、以来、娘として生活の中で表れる認知症の症状に向き合ってきた。一方で、母親を脳科学者として客観的に分析することで、「医者/患者」、「科学者/被験者」という立場で研究するのとは違った認知症の理解を持つにいたり、情報を発信している。
◆講演内容について
○母がアルツハイマー型認知症になった
私の母は、いつも笑顔を絶やさず音楽が好きな人でした。そんな母が65歳でアルツハイマー型認知症と診断されました。1年前から認知症ではないかと気付いてはいましたが、私は脳の専門家であるにも関わらず、「母が母でなくなってしまうのではないか」という気持ちで母を病院に連れて行けず、私の不安な表情で母の自信を失わせてしまうこともありました。
それでも、ようやく母を病院に連れて行ったときに、「行って本当によかった」と思いました。病院で脳の画像を見て、脳の海馬が少し傷付いていましたが、「なんだこれだけか。やれることがたくさんある」と思えました。実際に認知症当事者に会ってみると、「こんなに元気に暮らしていけるんだ」と元気が湧いてくると思います。
○記憶の中枢「海馬(かいば)」
海馬は、今の出来事を覚えるための脳の組織です。アルツハイマー型認知症になると、最初に傷付く場所がこの海馬です。10~20年と長い時間かけてゆっくり傷が大きくなっていき、少しずつ影響を受けていきます。海馬に傷がある以上、現在のことが覚えにくくなってしまうので、同じ話を繰り返してしまうということは仕方がないことで、不安な気持ちがあれば繰り返し聞きたくなります。約束を破ってしまうことも、現在のことが覚えにくかったら当たり前のことです。大切なのは、認知症と診断されても今すぐ何かが起こるという話ではないということです。昔の出来事は、大脳皮質といわれるところにためられているため、大昔の記憶は鮮やかに残っていて思い出せます。本人が繰り返し話す出来事をメモすることもいいでしょう。そうすると、その人が何を大切にしてきたかということが分かるようにもなってきます。
認知症になった人を「何も分からなくなった人」と認識されてしまうことがありますが、今その場で起きたことはちゃんと理解できています。たとえ1時間後に、そのときに起きたことを覚えていられなくても、そこにあった感情はしっかり残っていると科学的に示されています。
○言葉で言えることだけを見ることは本質を見逃すこと
母が認知症と診断されてから、楽しい・うれしい感情を一緒に残したいと思い、全国各地を旅行しました。旅行の後、母は「そんな所に行っていない」と言うので、最初は少しショックでした。ですが、「言葉で言えることだけを見ることは本質を見逃すこと」になるということを忘れないでほしいです。家族からすると、「ありがとう」の一言も言ってくれないなどと、言葉で傷付いてしまうことがありますが、言葉というものは人間の脳が生み出す最も高次で難しいものです。認知症の人は、受け取ったさまざまな情報をまとめ上げて言葉にするのが難しいだけで、それ以外は全部体に残っています。言葉にされないから受け取っていない訳ではなく、精神的な安定につながっていきます。
今思うと、母をどこかに連れて行ってあげることばかりだったと少し後悔しています。母にもやりたいことがいっぱいあったのではないかと思いますが、私が自信をなくさせてしまったからなのか、「何でもいいよ」と言うようになっていました。母の「やりたい」を支えてあげられればよかったなと思っています。
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