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千葉のコレ知ってる?

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千葉県

■116 日本を終戦に導いた内閣総理大臣
◇郷土の偉人 鈴木貫太郎(すずきかんたろう)
千葉県ゆかりの内閣総理大臣、鈴木貫太郎をご存じですか。関宿(せきやど)藩飛び地領の代官の長男として、1868年1月(慶応3年12月)に和泉国(いずみのくに)(現在の大阪府)に生まれ、幼少期を関宿(現在の野田市)で過ごしました。
海軍軍人として日清戦争・日露戦争に従軍し、海軍大将まで昇進すると連合艦隊司令長官や軍令部長などを歴任。二・二六事件では銃撃され瀕死の重傷を負うも、奇跡的に一命を取り留めました。その後、1945(昭和20)年4月に歴代最高齢の77歳で内閣総理大臣に就任。8月にはポツダム宣言の受諾を昭和天皇に仰ぎ、日本を終戦に導いたのです。

◇酪農の普及に尽力
戦後、内閣総理大臣を辞め、郷里の関宿に戻ってきた鈴木は、日課の散歩をしながら、近隣の農家と話をするようになりました。農家の安定した収入確保のため「堤防に牧草の種をまき、乳牛を飼うべき」と説き、地域の特性を生かした酪農の普及に力を注ぎました。
1948(昭和23)年に鈴木がこの世を去った後も、タカ夫人が集乳所に自宅敷地を提供するなど、遺志を引き継ぎます。こうして酪農は関宿地区に広まり、最盛期には飼養戸数も200戸を超えるまでになりました。
現在でも関宿地区には12戸の牧場があり、鈴木の思いをしっかり引き継いで、毎日おいしい生乳を生産しています。

問合せ:野田市生涯学習課
【電話】04-7199-8595

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