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太古の昔-印旛沼は海だった

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千葉県佐倉市

■縄文人の生活を支えていた印旛沼の恵み
佐倉の豊かな自然を象徴する印旛沼。その成り立ちをご存知ですか?
およそ1万年前の縄文時代、急激な温暖化に伴って海水面が上昇、現在の印旛沼から霞ケ浦まで一帯は、大きな内海でつながっていました(上図)。その後、およそ4千年前になると海水面が低下し、海だった印旛沼も汽水(※)へと変化します。
印旛沼周辺の台地上に残る遺跡や貝塚(※)から、当時の佐倉で暮らす人々が、狩りや山菜などの採取とともに、海や周辺の川で魚や貝を採って生活していたことがわかっています。
(※)汽水…真水と海水が混ざり合う水質
(※)貝塚…食べた貝の貝殻が捨てられて形成されたもの

■遺跡を見て学ぶ
市内では、937か所もの遺跡が確認されています。身の回りにある遺跡や「ぎゅぎゅっと佐倉歴史館」(ミレニアムセンター佐倉2階)を見学して、佐倉の歴史に思いを馳せてみませんか?
・市ホームページでは市内の遺跡を紹介しています
※二次元コードは、本紙をご覧ください。

◆国史跡 井野長割(ながわり)遺跡
場所:西ユーカリが丘5丁目18(井野小学校となり)
井野小学校とその周辺に広がる、今からおよそ4千年から3千年前に営まれた縄文時代の集落跡です。
昭和44年、小学校の建設工事中に大量の縄文土器片が発見され、その後の調査で、大型の建物跡や貝塚などが発見されました。貝の9割以上が汽水域に生息するヤマトシジミであることから、当時の印旛沼がすでに汽水となっていたことがわかります。
縄文時代の原風景である盛土(もりつち)がきわめて良好に残り、遺跡の学術的な価値が高いことから、国史跡に指定されています(平成17年)。

▽井野長割遺跡見学会を開催します!
縄文時代のムラのあとを見学して、縄文土器の模様を写しとるオリジナルしおり(写真)を作ろう!貝や石器を使った魚の解体実験なども行います。
日時:8月2日(水)午前10時~正午(雨天中止)
無料・当日受付(午前9時30分~)
場所:井野小学校校門集合(駐車場はありません)

問合せ:文化課
【電話】484-6192

◆県史跡 上座貝塚
場所:上座374-1(一番原児童公園内)
ユーカリが丘駅付近に位置する約8千年前(縄文時代早期)の貝塚です。竪穴住居跡とともに「炉穴」と呼ばれる屋外の調理施設が発見されました。現在でもアサリやハマグリなど、海に生息する色々な種類の貝殻が落ちています。
※貝殻も文化財です。持ち帰ることはできません

◆吉見台遺跡
場所:染井野7丁目20(吉見台公園内)
吉見台公園脇のトンネル付近に、約4千年前の貝塚がありました。汽水域に生息するヤマトシジミが主体の貝層からは、イノシシやシカの骨のほか、カモやクロダイなどの鳥や魚の骨が大量に見つかっています。そのほかにも、土偶や水鳥の線刻画が描かれた土器も発掘されています。

※詳しくは、本紙をご覧ください。
問合せ:文化課
【電話】484-6192

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