■誕生から現在にいたるまで
昭和24年当時、この地方の作物は米・麦が中心で、その販売は総合農協へ委託し、イモ類・落花生などは業者任せの販売をしていました。シベリアから復員直後の手島正爾氏(組合創立者・初代組合長)が、里芋やさつま芋が仲買業者に買い叩かれている現状を憂い、数人の有志と共に東京市場に共同出荷し、想像以上の成果を得たのがこの組合の始まりです。
昭和28年には、任意組合の『丸朝組合』を結成。逐次同志を拡大すると共に、野菜の種類・生産量を増やしていきました。昭和26年に27名であった同士も、昭和39年には、芝山町を中心に、近隣一市五町にわたり、700名を超える組織に発展しました。その為、対外的な信用保持と運営の健全化のため、組合の法人化をはかり『丸朝園芸農業協同組合』が誕生し、今日に至ります。
誕生から70年以上経過した中で、生産される作物もその時代時代に即したものとなり、土物から徐々に果菜類に移行し、現在の主力品目は、西瓜・人参・トマト・南瓜・花きとなっています。
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