▽書道家 辻元大雲
兵庫県神戸市出身。県立千葉第一高校(現 千葉高校)入学後、友人の誘いで書の道を歩み始める。東京学芸大学学芸学部 特別教科教員養成課程 書道科を卒業後、高校の書道教諭となり、教鞭をとりながら作家としても活動。全日本書道連盟や書道芸術院などの要職を歴任。
昭和55年に袖ケ浦市へ転入してから現在まで、交流センターや郷土博物館での書道体験やワークショップの開催など、社会教育活動にも尽力している。
昨年12月には、「傘寿記念 辻元大雲回顧書展(令和5年開催)」の展示作品「一歩前へ」を市へ寄贈。
主な受賞歴:
・平成21年 第22回毎日書道顕彰(芸術部門) 受賞
・平成29年 第69回毎日書道展 文部科学大臣賞 受賞
・令和6年 紺綬褒章 受章
■冬は年賀状や書き初めなど「書」に触れやすい時期。子どもも大人も「書く」という作業を楽しんでほしい。
◇書道を始めたのは高校時代
書道を始めたきっかけは、高校入学後に中学時代からの友人に書道部に誘われたことです。書くことは嫌いではなかったので、芸術の授業は書道を選択していましたが、部活までとは考えていませんでした。ですから、字が綺麗に書けるようになればいいか、なんていう軽い気持ちで入部しました。友人が私を誘った理由も「お前は字が下手だから」って。今でこそ冗談だと思われますが、実話です(笑)。
◇生涯の師匠との出会い
書道部の顧問が、僕の生涯の師匠となる種谷扇舟(たねやせんしゅう)先生でした。先生は自主性をとても大切にする方で、自分が興味を持ったものを自由にやらせてくれて、「こういう風に書きなさい」ということは一切言いませんでした。部室にはさまざまな資料が置いてあり、自由に見て、書かせてくれたので、非常にのびのびとやれました。当時の経験が、その後の僕の人生に影響を与えたと言っても、過言ではありません。
◇「ものづくり」と「人づくり」
僕は元々ものづくりが好きで、設計や大工のような建築関係の仕事がしたいと思っていました。一方で、種谷先生から学ぶうちに、教員という職業にも少しずつ興味を持ち始め、大学受験を考える頃には、担任の先生から書道の教員になる道を示してもらいました。
将来について考える中で、子どもの成長の過程に大きく関わることのできる「教師」という職業は、「ものづくり」ならぬ「人づくり」では、と思うようになり、教師を志そうという気持ちがより大きくなりました。
◇書に目覚めた大学時代
大学では書道科に入学し、本格的に書を学びました。先生方や、書を学ぶために全国から集まった同級生・先輩・後輩との巡り会いは、僕の人生にとって非常に大きな出来事でした。周囲から刺激を受けたことで、「書」に目覚め、意識を持った時代でもあります。専門教科である「書道の教師」として高校で教えたい、と意思を固めるきっかけにもなりました。
◇恩師の影響
教師になってから、教育・指導方針の参考としたのが、恩師の種谷先生の教えです。先生の授業の進め方や生徒への接し方、考え方…教師になろうと思ったことも含めて、僕の人生の指針になっています。高校時代に先生の授業でもらったプリントは、未だに持っています(笑)。
また、先生は教師の傍(かたわ)ら、作家としても活動していました。もちろん学校教育が優先ですが、作品を発表する展覧会活動も並行して行っていたので、先生の後ろ姿からそういう世界もあるということを知り、書の幅広さや奥深さ、面白さを学びました。
僕も種谷先生のように、学校で授業をする傍ら、千葉県美術展覧会や毎日書道展、書道芸術院展などで作品を発表しました。その展覧会活動が評価をいただき、現在の活動にも繋がっています。僕が種谷先生に影響を受けたように、教師が学校以外の場で活躍する姿を見せることは、生徒にとって授業とはまた違った効果があるのかなとも思います。昔は書に限らずさまざまな分野で活躍する先生方がいましたが、今はなかなか難しい時代ですよね。
◇作家活動は生涯現役
作家活動に年齢や肩書きは関係ないので、生涯現役であり、作品発表が僕の命だと思っています。ただ、僕ら作家の活動はどうしても注目されます。自分の好きにやればいいというものではなく、これからの世代の人たちに、活動に意欲的に取り組んでもらえるよう示していく責務があると思っています。
僕の作品は「漢字かな交じり書」といって、俳句や短歌、詩歌などを、漢字と仮名を使って日本の言葉で表現するものがメインです。「読める書」というところがポイントです。ただ、読みやすくて親しみやすい作品が書としての表現、言ってみれば鑑賞に耐え得る作品なのかというと、そうではありません。わかりやすく書くと俗っぽく平凡なものになってしまうし、難しく書いたら独りよがりだろうし…それが悩ましく、難しいところです。
「書」は言葉あってのものなので、作品を見る時に、多くの人はまず「何て書いてあるんだろう?」から入るかと思います。でも僕としては、書そのものの姿や、筆・墨・紙のアレンジによって出てくる造形、リズムの表現方法、作家がどういう気持ちで書いたか、というところを最初に見て、感じてほしいです。書いてある文字や言葉の意味は、その次に考えてもらえたらいいかなと思います。
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