今回は私がもの忘れ外来を担当していて、最近あらためて気づいたことをお話しします。
それは受診される方の中で、うつ病を合併している人の多さです。一般的にうつ病はとても多い病気で、一生の間にうつ病にかかる人の割合は、人口の6-7%になることが知られています。特に高齢者では多く認められます。
うつ病はそれ自体で認知症の原因となるだけではなく、たとえばアルツハイマー型認知症、血管性認知症など認知症原因疾患のある人に合併して、さまざまな精神症状の原因となります。また高齢者のうつ病では、激越型うつ病と呼ばれるタイプのうつ病が認められることがあります。激越型うつ病では、焦燥感が強く、落ち着かず、イライラして大声を出したり、怒りっぽくなったり、一般的なうつ病のイメージとは違った状態を呈することが多く、一見してうつ病とは思えないことも多いのです。もの忘れなどの認知機能障害を伴う高齢者の激越型うつ病では、前頭側頭型認知症や嗜銀顆粒性認知症などと誤診されてしまうこともあります。前頭側頭型認知症や嗜銀顆粒性認知症では、病気の進行を防ぐことはできません。しかし、うつ病であれば適切な治療でほぼ完全に回復する可能性が高いのです。私が経験したケースをご紹介しましょう。
◇[70歳女性]
同胞3人中第2子。高等学校卒業後、公務員として勤務し、27歳の結婚を機に退職。以後主婦として3人の子供を育て上げました。もともと完璧主義の方で、不安が強い傾向があったといいます。子供が巣立ち、夫婦二人暮らしをしていた60歳頃に夫が脳梗塞で倒れ、右半身麻痺と言語障害の後遺症が残りました。本人は、介護保険を利用しつつ、完璧な介護を目指して、パートの仕事も辞めて、夫の介護に専念することになりました。次第にさまざまな不安が生じてきたそうです。たとえば「訪問診療の医師に言い忘れたことがあったのではないか」とか、「訪問リハビリの理学療法士に夫の状態の伝え方が悪くて、十分なリハビリをしてもらえなかったのではないか」など、些細なことを気にして考え込むようになりました。イライラすることも多くなり、ケアマネや家族のアドバイスを聞く心のゆとりもなくなり、怒りっぽくなって、拒絶したりすることも目立ってきました。家族と話をしたこと自体を記憶していなかったり、約束した時間を間違えたり、自宅のゴミ出しの曜日を間違えて近隣トラブルとなったりすることがあったそうです。もの忘れを心配した家族が認知症の専門医療機関を受診させたところ、前頭側頭型認知症の疑いという診断を受けたそうです。本人には病識はなく、薬物療法を強く拒否したため、精神科的治療を受けることはできませんでした。ご家族は本人の介護負担が軽くなるように、できる限りの支援をしたそうです。その後3年ほどして夫は亡くなったのですが、一周忌が過ぎた頃から、もの忘れなどの認知機能障害もほぼ回復し、もとの他人思いで心やさしい、穏やかな女性に戻ることができました。ほぼ完全に病前の状態に回復したことから、前頭側頭型認知症ではなく、激越型うつ病であったと考えられるケースでした。
このように、うつ病は適切な対応で回復する可能性が高い病気です。認知症の状態が疑われるときには、常にうつ病の可能性も念頭に置き、見逃さないようにすることが重要ですね。
■上野先生を講師に迎えた「認知症学習会」を毎月開催しています。ぜひご参加ください。
日時:12月18日(水)15時〜16時(要事前申込)
場所:保健センター
問い合わせ(申込先):福祉課 包括支援センター
【電話】46-2116
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