■辛い経験も強みに変えて
ものまねタレント 知香(ともか)さん
キャッチフレーズは「ものまね界の帰国子女」。テレビ番組などにも出演されている、ものまねタレントの知香さんが三郷市にお住まいであることをご存知でしょうか。
小学6年生から中学2年生まで、お父様の仕事の都合でルーマニア日本人学校に通い、中学3年生の時はご両親と離れフランスのアルザス成城学園に編入し、寮生活を送っていた知香さん。「中学3年生の時にいじめに遭っていて、話せる人がいなかったから自分の気持ちをピアノで弾き語りをして歌っていたんです。その時にモノや人をイメージしてメロディを作っていたことが、想像力の豊かさや、誰かになりきるものまねにつながっている」と当時を振り返りながら話します。
毎日のようにピアノで弾き語りをしていたこともあり、音楽の成績が良かったため高校は日本の音楽学校への進学を考え、特に勧められた声楽科ヘの進学を決めたそうです。
「声楽を勉強しているうちにオペラ歌手になりたいという気持ちが芽生えましたが、中学生のころから女優や歌手、アイドルへの憧れもありました」と知香さん。将来何になりたいのか、答えが出せずにいた時にふと思い立ち、趣味でやっていた「ものまね」のオーディションを受けてみたところ、出演の機会を得て、ものまねタレントとしての道が始まりました。
転機となったのはものまねタレントとして活動しながら、私立高校で非常勤の音楽講師をしていた時。「どうしたら生徒たちが真面目に授業を受けてくれるだろうかと悩んで思いついたのが、授業にものまねを取り入れることでした」と知香さん。ものまねをしながら教えることで少しずつ興味を持ってくれる生徒が増え、ユニークな授業の様子がテレビ番組に取り上げられたことで話題にもなりました。
「番組きっかけでテレビのオファーなども増えましたし、そこで私を知ったかたから依頼をいただいて、学校に出向いて授業をしたり、個人のかたに歌を教えたりと、現在の活動につながっています」と話します。事務所には所属せず、フリーで活動しているからこそ、さまざまな依頼に応えることができるそうです。「非常勤講師をしていた時は大変なことも多かった」といくつかのエピソードを話してくださいましたが、一つひとつのエピソードから、困難なことでもプラスに捉えて先に進もうとする知香さんの人柄がうかがえました。
「何か理由があって試練があると思っている」と話す知香さんは、昨年の11月ごろまでお母様の看病をしていたそうです。闘病の末に亡くなられたそうですが「母のためにできることはやり尽くした」とすっきりとした表情で話しました。「母の病気が分かってから、病気について調べたのですが、暗いトーンの動画や記事が多くて、私まで気持ちが沈んでしまったんです」。そういった経験から、明るいトーンの発信があっても良いのではと考え、ものまねを交えながらお母様の看病をしていた際の経験を発信できないか検討中とのこと。辛い経験をした自分だからこそできることを考えるきっかけになっているようでした。
今後について伺うと「幼少期のいじめの経験や、母の看病、子育てといろいろなことを経験して、自分にしかない強みが必ずあると思うんです。それを活いかして誰かの役に立つ活動ができればいいなと思います。三郷に住んでいるのも何かのご縁。市内のイベントなどにも出演して私のパワーを届けられればいいですね」と明るく笑顔で語ってくださった知香さんの今後から目が離せません。
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