歴史を今に引き継ぎ、未来に夢を託そう
原市地区 山口 悟(やまぐち さとる)さん
原市大通りや旧原市街道には、昔からの言い伝えがあります。「明治時代に与野町(現・さいたま市)から原市町、菖蒲町(現・久喜市)、幸手町(現・幸手市)にかけて鉄道敷設の話があったが、鉄道の騒音でニワトリが卵を産まなくなるので反対し、取り止めになった」
この話の真偽は定かではありませんが、明治から大正にかけての市場町としての原市町の隆盛(りゅうせい)は、3・8の日に市(いち)が立つことで、近郷近在に知られていました(詳細は『広報あげお』2011年11月号)。
当時の面影として、街道沿いの家の門と街道との間にスペースのある造り「前庭(まえにわ)」が今も残っています。さらに原市町5町(上新町、上町、中町、下町、下新町)に市指定文化財の山車(だし)彫刻が各町内にあり、その出来栄えは見事というほかなく、5町の財力を物語っています。
その街道筋にあるコミュニティスペースandギャラリー山本屋又右衛門(山本屋)では4月末から5月末まで、所蔵する端午の節句人形と鯉のぼり、そして原市大火から星野家を守った蔵が公開されていました。歴史ある所蔵品を展示している店舗は市内でも珍しい取り組みです。
会場には、7代目当主の星野又右衛門さん誕生を祝って作った大きな鯉のぼり2体が展示され、それぞれ8・8メートル、6・8メートルもあり、長男誕生の喜びが今でも感じられます。そのほかに星野さんの父の座敷幟(のぼり)も展示されていました。
星野さんはこう話しました。「私どもが原市地区で商売できるのは、地元の応援があったればこそなのです。この所蔵品の公開は、お世話になった地元の方々や多くの方に原市街道の歴史やその時代の住民の心意気を知っていただき、その文化を守り、継承していきたいためです。私の夢は前庭をフリーマーケットなどの会場として復活させることです。これほど素晴らしい施設を持つ町は少なくとも、私の知る限りでは原市地区だけです」。
歴史を語る建造物は一部を除いて使い勝手の悪さから解体されつつあります。現在の旧原市街道で往時のにぎやかさを語るものの一つに前庭があります。そしてその前庭を今様の使い方をして、「原市」のにぎわいを取り戻せたら素晴らしいですね。
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