■合併でたどる寄居町の歴史
▽昭和の大合併
戦後に制定された日本国憲法のもと、地方自治の確立が大きな課題となりました。当時の町村の中には、著しく小規模な自治体が多く、新たな事務や権限を円滑に執行する体制の整備が必要になったことから、国と都道府県の主導で、町村合併が進められました。これが「昭和の大合併」です。
寄居地区でも、寄居町・折原村・用土村・鉢形村・男衾村・花園村の1町5カ村による合併案のほかに、本畠村・武川村・男衾村の一部による合併案、寄居町・折原村・鉢形村の一部による合併案、花園村・用土村・武川村の一部による合併案など、多くの案が論議されました。
そこでこれらを一挙に解決する手段として、1町5カ村に本畠村・武川村を加えた1町7カ村の大合併の案が打ち出されました。
しかし、その後、花園村が大合併からの離脱を明らかにし、武川・本畠両村も2村での合併を表明するに至り、寄居町・折原村・用土村・鉢形村・男衾村の1町4カ村の合併に踏み切ることとなりました。
当時、町名については「寄居町」か「玉淀町」かという論議もなされたことが伝えられています。
◎町村合併記念碑
役場庁舎の東にあるこの石碑は昭和30年の1町4カ村合併を記念して建立されたものです。
題字の「孤掌不鳴(こしょうならず)」には「一つの手のひらでは音を鳴らせない。事を成し遂げるためには、力を合わせることが大切である」との意味があります。
■時代は平成へ
バブル経済の崩壊やリーマンショックなど経済の長期低迷といわれる平成の時代。現在の役場庁舎や保健福祉総合センター(ユウネス)、鉢形城歴史館等の町の施設が完成。町の人口は3万8千人を越えた平成12年ごろをピークに、現在では約3万2千人と約6千人減少しています。
産業面では平成18年に彩の国資源循環工場がグランドオープン、平成25年にはホンダ寄居工場が本格稼働するなど、大きく発展しました。
▽1995-
〔1995〕平成7年 町全域が国土庁から「水の郷」に認定日本水の森が林野庁から「水源の森百選」に認定
〔1997〕平成9年 保健福祉総合センター(ユウネス)完成さいたま川の博物館開館
〔1999〕平成11年 町立図書館開館
〔2004〕平成16年 鉢形城歴史館開館・鉢形城公園開園彩の国資源循環工場「三ヶ山緑地公園」開園
▽2005-
〔2005〕平成17年 一般国道140号 皆野寄居バイパス全線開通
〔2006〕平成18年 鉢形城跡が「日本100名城」に選定 彩の国資源循環工場グランドオープン
〔2008〕平成20年 寄居高校閉校、寄居城北高校開校
〔2009〕平成21年 風布地区が「にほんの里100選」に選定
〔2013〕平成25年 農産物加工施設完成ホンダ寄居工場(現完成車工場)稼働開始 天皇陛下(当時皇太子殿下)を迎えて全国育樹祭お手入れ行事開催
■豊かな魅力が“ぎゅぎゅっと”詰まった 寄居町合併70周年記念ロゴマーク
70周年の文字デザインに、水の郷(さと)・寄居町のシンボルである荒川(ブルー)、氏邦桜(鉢形城の桜・エドヒガン)をはじめとした町内を華やかにする桜(ピンク)、特産品のみかん(オレンジ)を図案化し表現しました。
このロゴマークは、個人、団体、企業を問わず、ポスター・チラシへの掲載等、さまざまな用途にご活用いただけます。使用用途により申請が必要な場合がありますので、詳しくは町公式ホームページで公開している使用ガイドラインをご確認ください。
問合せ:プロモーション戦略課
【電話】581-2121(内線451)
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