■伊藤弥生さん(彫刻家)
◇錆(さび)石を美しく磨き上げたサザエの彫刻「八月の波の随(まにま)に」
今年度開催された「第71回埼玉県美術展覧会」で県知事賞を受賞した彫刻家・伊藤弥生さんの作品だ。
子どものころから絵やものづくりなど創作活動に親しんできたという伊藤さん。彫刻を始めたのは大学進学がきっかけだったが、卒業後は家事や育児に追われ、40年間制作にほぼ携わることがなかったという。「時代から取り残される危機感をいつも感じていました」という伊藤さんに手を差し伸べたのは、ほかでもない夫の正人さんだった。同じく彫刻家であり、富士見市役所前にたたずむ彫刻「環(わ)」作者の正人さんは、妻の弥生さんを美術館や博物館などに連れ出し、創作活動ができなくても、常に芸術に触れ、感性を研ぎ澄ますことが何より大切だと教えてくれた。
インプットしたものが溢れてしまいそうだったというが、「この時の作りたい気持ちをためた時間があったからこそ、今の湧き出すものがあると思います」と振り返る。
受賞作「八月の波の随に」制作の始まりは学生時代にさかのぼる。制作を始めたものの学生時代には完成させることができず、伊藤さんは、この作品を完成させたいとの想いとともに人生を歩んできた。久しぶりに彫刻に向かったとき、腕が錆びつくどころか、子どもにせがまれて描いた恐竜の絵やケーキの調理など日常の中で磨かれたイメージを形作る力により、以前よりうまくなったと感じたという。これまでの時間を取り戻すように彫り続け、40年の時を超えてようやく完成した。父親の故郷である鹿児島の海でかつて見た貝殻に思いをはせ、「あのときの波の音、非日常を感じてほしくて作り上げました。埼玉が海なし県だからというのもあります」と笑いながら語る。
「私の作品を見た人が美しいと感じ、少しでも幸せな気持ちになるものを作り続けていきたいです」と伊藤さんは今後の夢を語る。果てなき芸術の大海原へこぎ出す伊藤さんの手は、これからも人々の心に感動と幸せを刻んでいく。
問合せ:文化・スポーツ振興課
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