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埼玉県所沢市

■子どもに夢と描く楽しさを伝えて70回目の大会へ
所沢市子ども写生大会実行委員長 笠原 秀夫(かさはら ひでお)さん(市内在住)

昭和27年から続く所沢市子ども写生大会の第4代実行委員長。市内小学校や県の教育事務所で勤務、三ケ島小校長などを歴任。退職後は文教大で図画工作科教育の教鞭もとった。
本当は理科の先生になりたかった、自称・「永遠の昆虫少年」。現在は「ハエトリグモ」に夢中。

広い青空の下。画板の真っ白な画用紙に、目と心に映るものを自由に写し、彩っていく高揚感。所沢で子ども時代を過ごした人の多くが、「子ども写生大会」の楽しい思い出を持っているのではないだろうか。
「上手・下手でなく、描いた子どもの思いの強さが重視される。この写生大会の大きな特徴です」。そう語るのは、笠原秀夫(かさはらひでお)さん。4代目の実行委員長だ。

終戦間もない昭和23年、無気力になっている子どもたちに絵を描く楽しさと豊かな心を、と願い写生会を始めた絵の愛好者たちがいた。所澤神明社で「あけぼの画会」が始めたこの写生会は、やがて学校の先生たちの協力を得て発展し、所沢が誇る文化イベント「所沢市子ども写生大会」として会場をユネスコ村、西武園ゆうえんちへと変えながら続いてきた。全国的に見ても、これほど盛大に長く続く写生大会は無いだろう。
この大会は、図工・美術の先生たちを中心とする実行委員会が運営してきた。現在、組織を束ねる実行委員長の笠原さんも、元は小学校の図工の先生だ。
笠原さん自身は、秩父市出身。所沢の写生大会とは縁もなく育った。むしろ兄たちに連れられて行った虫捕りで蝶々の魅力に取りつかれて以来、今に至るまで「昆虫少年」のままだ。

大学の教育学部に進み、理科の先生を目指したはずだった。が、新種の虫の記載のためにデッサンもできるように、と受けた美術の授業がきっかけで、なんと図工の先生になってしまった。教師になって所沢の小学校に赴任し、誘われて子ども写生大会に実行委員として関わるように。歴代の関係者の熱意や写生大会の移り変わりを目の当たりにしてきた。
本来、絵を描くことは、自由で創造的なもの。でも「上手に描けないから図工や美術は嫌い」という苦手意識を持ったまま育つ子どもたちは多い。そんな子どもが成長して先生になり、「上手に描くための図工」を教えて、また絵が嫌いな子が育つことを笠原さんは心配する。「絵は上手に描くためのものではなく、自分が表現したいことを見つけるもの。『楽しい』が何より大切なんです」。だからこそ子ども写生大会を通して、楽しかった、苦手だった絵をほめられたという思いを味わってほしい、と語る。
今年、関係者の思いと歴史を重ねて、大会は記念すべき第70回を迎える。前回から会場をところざわサクラタウンに移し、五感で楽しむ令和の新しい写生大会「アート・プレイ・デイ」として生まれ変わった。開催に向けて、令和の先生たちを中心に、準備が進んでいる。
かつての参加者が親や祖父母となってその子や孫と共に参加する。その楽しい思い出は、見えない財産となって子どもたちの中に育まれ引き継がれていく。そんな所沢の未来も、きっと明るく色鮮やかなものに違いない。
(取材:加賀谷)

※今年の子ども写生大会については本紙9面参照。

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