■新千円札北里柴三郎と幻の病「脚気(かっけ)」
昨年7月発行の新千円札に、明治の医学者北里柴三郎の肖像が採用されました。北里はドイツ留学中に、細菌学や血清学の分野で卓越した研究を行い、ノーベル賞の候補にも上っています。数年にわたる留学を終え帰国した北里を待っていたのは、当時の日本に蔓延していた原因不明の病気、脚気に関する、「脚気病因論論争」なるものでした。
脚気は全身のだるさや手足のしびれ、更には心不全で命を落とすこともある厄介な病気で、特に軍隊では兵士に脚気が多く、頭を悩ませていました。陸軍は「脚気伝染病説」、海軍は「脚気栄養失調説」を主張し、互いに譲りません。北里は細菌学者でしたが伝染病説は採らず、栄養失調説を支持します。
こうした中、陸軍が白米中心の和食であったのに対し、海軍がそれまでの和食からパンを中心とした洋食に転換すると、兵士の脚気は激減します。脚気は栄養失調であったのです。(現在ではビタミンBの不足が原因と分かっています。)
その後、社会全体の栄養状態の改善に伴い、脚気はほぼ克服され、見ることは殆どなくなりました。
今から50年近く前、私が新米の医師であった頃、全身の倦怠感(だるさ)が強く、横になっていることがやっとという患者さんを担当しました。いくら検査をしても診断がつかずほとほと困りましたが、結局、当時としても既に幻の病であった脚気と判明しました。新しい千円札を見ると、今でもこの患者さんを思い出します。
医師 清水照雄
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