■「尊重し合えるジェンダーフリー社会に」
令和6年度埼玉県部長級職員のうち女性が7人になったとのこと。副部長級と併せて何人かはわかりませんが、全職員男女比率からすると女性幹部はまだまだ少ないと感じます。長瀞町では現在、女性職員33名のうち課長2名主幹3名の5名の女性管理職が居ます。今後も増加が期待されているところです。先日ある冊子で「奥原晴湖」の名前を目にしました。明治の南画界を代表する女流画家で、亡くなるまでの22年間を熊谷市で過ごし、市内の龍淵寺に墓があります。私の義妹がこの寺の墓地に眠っており、初めてこの墓を見つけたときはびっくりしました。西の鉄斎、東の晴湖と以前から名前だけは知っていましたが、作品に出会ったこともなく今日まで来ました。図らずもこの冊子で初めての出会いをさせていただき、感極まった次第です。江戸末期に生まれた晴湖は断髪令が発令されると断髪にし男性の着物を着用、言葉遣いも男性になり生涯そのスタイルを貫いたとのこと。なぜ男性として生きようとしたのかはナゾのようですが、厳しい男社会の画壇で生きるのには女を捨てざるを得なかったのかなと思います。女性活躍推進法が施行され、女性活躍環境も整いつつあります。しかしなかなか女性が表舞台に出てこない。ある講演会での板東眞理子昭和女子大総長の話「女性はリスクを取らない。女性だからという思い込みも強い。」ジェンダーバランスの良い社会を創るのに必要なのは、女性の意識改革なのかもしれません。男だから女だからではなく、お互いを尊重し合える社会であってほしいと願っています。 感謝
「自分のつくすべき事をつくして それから先の運命は天命にまかせよ」
渋沢栄一『訓言集』より
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