■水あれこれ
昨今、雨の動きに注意が要ります。なくてはならない恵みの雨もあれば、歓迎されざる怖い雨もあります。今年の梅雨も、いつどこで生じるかわからない豪雨、線状降水帯発生の可能性を天気予報が頻繁に伝えました。一方、8月になると雨が降らず、耶馬渓ダムの貯水量も減り、市民の皆様に節水の協力をお願いしました。そこに台風10号の襲来です。昨日までの渇水の心配が今度は洪水の心配へと急展開なのです。自然のこととはいえ、雨がもたらす水のことは季節を問わず頭から離れません。
ところで、日常生活に無くてはならないのが水、水に関する言葉や表現は豊富です。「みずみずしい」は新鮮さ、「水のしたたる」は若さの素晴らしさを表します。「水を得た魚」は相応しい場所を得ての大活躍、「水魚の交わり」は切っても切れない仲の良い関係です。「水に流す」も一旦壊れた人間関係改善の糸口になるかもしれません。逆に「水を差す」、「水っぽい」、「水臭い」、「水物」などは、否定的な意味合いで使われるようです。水は多過ぎず少な過ぎず適度にあるのが理想なのでしょう。
水は、古典の人生訓にも登場します。「老子」第8章に「上善は水のごとし、水はよく万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に処(お)る」とあります。黒田官兵衛は晩年「如水」を名乗ります。その由来は諸説ありますが、水のように生きてこそ穏やかに過ごせ、円満な人間関係が築かれるという境地に至ったのでしょうか。
夏の「鶴市花傘鉾祭り」も水に由来する伝統行事です。889年前、山国川の洪水を治めるために人柱となったお鶴・市太郎の霊を慰め五穀豊穣を祈ります。
「水を畏れ、水を治め、水に感謝し、水に学ぶ」。水と人との関係、深いですね!
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