文字サイズ
自治体の皆さまへ

ふるさとの文化財探訪 第128回

20/32

大分県九重町

『文化財とともに暮らすということ』

文化財調査委員 梅木 恵美

飯田高原の山間の集落の奥の方。「おわて」を訪ねると、かわいいポッポちゃんがお出迎え。庭先には、豆や栗、芋など季節の野菜を干してある。おごめーん、と引き戸を開けると、土間に大きな囲炉裏があり、赤々と炭が燃え、家の中でもくもくと煙が上がっている。1777年、安永6年といえば江戸時代中期。平賀源内や杉田玄白の生きた時代に建てられた住宅は247年経ち、時松さんは今もそこで暮らす。
私は建築の仕事をしているが、新しく家を建てるのに、薪炊きの風呂、ぼっとん便所等を取り入れることは今時ありえない。住宅の性能はどんどん進歩していて、今や高断熱・高気密が当たり前。省エネ性能だ、ZEH(ゼッチ)だと、オール電化全盛期。家の中で火を焚く機会は、誕生日とクリスマスのケーキに乗せたろうそく位だ。それどころか、最近ではスマートなんとかで、外出先からスマホの操作でエアコンを入れたりお風呂にお湯を張ったりできるらしい。それが「快適な暮らし」、と世間では言うのだろう。
ところがどっこい、時松邸は、247年前そのままとは言わないものの、世間一般では「快適ではない」暮らしをしていることになる。
さすがに江戸時代の暮らしを今現在できるわけもなく、屋根は茅葺から瓦葺になり、木製建具もアルミサッシに変え、ぼっとん便所も水洗になっている。住まい方は多少進化しているが、それでも昔懐かしい暮らし方がふんだんに残っている。
建物を文化財登録しては、とオファーがあったそうだが、当時は別に家を建て住処を移し、建物を建築当時の形に戻さなければいけないため、先代が断ったそうだ。
家は、人が住んで生活しないと、傷み始める。あの時断ってよかった、と言う。住みながら、不便も苦労も多いだろうが、それを厭(いと)わず、自然の中で昔ながらの暮らしを大切に守り続けている。
都会のマンションや高性能な住宅は年中空調管理され、冬でも家の中はどこまでも暖かく、半袖で過ごせる。それが快適と思う人もいるようだけど、四角の閉ざされた空間で息は詰まらないのか?都会の真ん中ならいざ知らず、こんな自然豊かなここのえまちで暮らすなら、お日様の光を取り入れ、窓を開け風を通し、四季折々の空気を味わう方が体は喜ぶのではないか。便利さ、快適さを求めすぎて、九重の暮らしの中で育まれ、作り上げた食や暮らしの文化をどこかに置いてけぼりにしようとしてないか。最近の生活スタイルの変化は、どうも行き過ぎているような気がしてならない。
温暖化による影響、自然の変化がここ数年はっきり見えるが、それは人間の欲の代償ではないかと、みんな心の中では気付いているはず。
こげな暮らしをしよって、しょわねえんへ?と、問いかけるような時松さんの生き方、暮らし方が文化財のようだった。忘れてはいけない何かが、まだそこにはあった。

<この記事についてアンケートにご協力ください。>

〒107-0052 東京都港区赤坂2丁目9番11号 オリックス赤坂2丁目ビル

市区町村の広報紙をネットやスマホで マイ広報紙

MENU