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ハチオシ! 八尾って実は◯◯やねん!(1)

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大阪府八尾市

知っているようで、意外と知らない自分のまち。今月号の特集では、八尾の「実は」なネタを8つご紹介します!

■聖徳太子が戦ったといわれる古戦場があるねん!


大聖勝軍寺の周辺には、守屋を討ち取った矢をおさめた「鏑矢塚(かぶらやづか)」、弓をおさめた「弓代塚(ゆみしろづか)」といった史跡も残されています!

太子堂にある「大聖勝軍寺(だいしょうしょうぐんじ)」は1400年前、仏教伝来を巡って崇仏派の蘇我馬子(そがのうまこ)と、廃仏派の物部守屋(もののべのもりや)が戦った古戦場と伝えられています。当時16歳だった若き聖徳太子も、蘇我氏側につきこの戦に参加。崇仏派が勝利をおさめたことで、仏教の信仰が本格化しました。八尾の古戦場は、日本の仏教の歴史における重要なスポット。もし廃仏派が勝利していたら、歴史は全く違うものになっていたかもしれません。

◇大聖勝軍寺
太子堂3-3-16
※二次元コードは本紙参照

■クイズやおQ
国指定史跡「由義寺(ゆげでら)跡」で塔の基壇(基礎部分)が発見されましたが、その塔は何重の塔と考えられるでしょうか?
ヒントはP4を、答えはP5をチェック!

■えだまめと若ごぼうが名産やねん!


八尾えだまめと八尾若ごぼうは、ふるさと納税でも人気!

八尾市は近畿でも有数のえだまめ産地。消費地に近く、とれたてをすぐ出荷できるのが特徴です。粒が大きく甘みたっぷりの八尾えだまめは、令和元年のG20大阪サミットの夕食会の食材にも選ばれました。早春に旬を迎える八尾若ごぼうは葉、軸、根まで食べることができ、シャキシャキの食感とほのかな苦みが魅力です。束ねた形が矢に似ていることから、別名「やーごんぼ」とも呼ばれています。

◇八尾市の特産品情報はこちら
※二次元コードは本紙参照

■歯ブラシの一大産地やねん!
近鉄八尾駅前の噴水広場に、銀色に輝くオブジェがあるのをご存じですか?実はこのオブジェは、歯ブラシのモニュメント。平成17年に「歯ブラシの生産高日本一」を記念して建てられました。八尾の歯ブラシ生産の歴史は古く、河内木綿の生産が衰退していた明治20年代から農家の副業としてブラシ植毛が始まり、地場産業として発展。現在も日本有数の歯ブラシ生産地として知られ、多くの歯ブラシが全国に出荷されています。

◇近鉄八尾駅前 噴水広場
光町1丁目


歯ブラシの記念碑があるのは、全国で八尾だけかも!?

■幻といわれていた由義寺が発見されてん!
称徳(しょうとく)天皇と、八尾出身の僧侶・道鏡(どうきょう)が造営に深くかかわった由義寺。長らく幻の寺とされてきましたが、平成29年に巨大な塔の基壇が発見され、その存在が明らかに!翌年には「由義寺跡」として、国指定史跡になりました。それから7年、発掘調査が行われ、その姿が少しずつ明らかになってきています。


発掘調査成果が報告された、令和6年度史跡由義寺跡シンポジウムもチェック!

◇由義寺跡
東弓削3丁目
※二次元コードは本紙参照

◆八尾に都があったかも!?
過去6回の発掘調査によって、発見された塔の基壇の下層に、ひとまわり小さい基壇があったことがわかりました。まだ塔の基壇しか見つかっていませんが、称徳天皇が三度この地を訪れていることから、寺院の金堂や講堂、さらに由義寺などもあったのではと考えています。「堂ノ後」という小字(こあざ)が残る場所もあり、何らかの建物があったのでは…と思っています。塔は完成しましたが、称徳天皇がなくなり、道鏡が下野(しもつけ)に流されてしまって守る人がいなくなり、おそらく雷に打たれるなどして失われたと思われます。由義宮は平城京の西京(にしのきょう)(副都)になる予定だったので、もし完成していれば、日本の歴史は大きく変わっていたかもしれません。
現在は、塔の基壇を中心とした史跡公園化する準備を進めています。発掘された場所から見る生駒の山並みは、今も奈良時代も大きくは変わっていないと思います。高安城(たかやすのき)や、心合寺山(しおんじやま)古墳も見えていたのではないでしょうか。古代の人も、この景色を見ていたかもしれません。歴史の流れを感じられる、史跡公園がそんな場所になればと考えています。
観光・文化財課 藤井 淳弘

※詳しくは本紙またはPDF版をご覧ください。

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