■いま必要なのは人類の枠組みを超えた「未来智」
市長:実は大阪・関西万博には、毛利さんの影響を受けている点があるそうですね。パビリオンなどは「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマに沿って作られていますが、開会式などの催しには「その一歩が、未来を動かす。」というコンセプトが掲げられています。このコンセプトは東京パラリンピック閉会式も手掛けた万博催事企画プロデューサーの小橋賢児さんによるもので、「多様な環境の中で命が紡がれてきたのは、個の挑戦が、個の一歩があってこそ」という毛利さんの言葉に感銘を受けて生まれたものだとお聞きしました。
毛利:小橋さんとは一度ラジオで共演したことがありまして。スペースシャトルから夜の地球を見たら、海洋以外の陸地にはどこにもたくさんのオレンジ色の光がネットワーク状に輝いていました。そのひとつにズームインすると、例えば大阪市の大きな光の塊につながる枚方市の光の集団があって、もっとズームインすると地域の光が、さらには目では見えませんが家の明かりがあって、そこでは家族一人一人の顔が見えるんだろうなと思いをはせたことなど、いろいろお話ししました。
私は宇宙飛行2度目のミッションでは立体地形図を作成するための地球観測を行いました。地球をずっと見続ける仕事で、地球には人類以外の多様な生命があって、種が持続的に生き延びるためには個々の生命がどれだけ新しい環境に挑戦して乗り越え、種の生存につなげられるかにかかっていると、宇宙から俯瞰しながら感じたのです。だから、人間社会も個人が幸せを感じなければ、本当の意味での幸せな社会にはならないだろうなと。小橋さんは、私が宇宙から見た視点をヒントに、人類社会の大きな方向性を「その一歩が、未来を動かす。」という催事コンセプトに込めたのだと思います。
市長:大きな宇宙から地球全体を見られて、むしろ対極にある小さな人間の幸せの大切さを実感されたんですね。
毛利:すべての人が幸せに生きるために、健康や社会の便利さ・快適さを保つことを科学技術で可能にするにはどうすればいいかという課題は世界共通ですが、個人が望むのは、心の安定や家族を大切にした今の生活をどうやって続けていくかということかもしれません。その点で日本は安定して豊かで、文化力が高いという認識が世界に広まっています。そのことを確かめるために、これまでたくさんの国のリーダーや日本の自治体の首長が日本科学未来館を訪れ、日本の文化にもなっている最先端科学技術とそれがもたらす未来社会の姿を視察しています。
市長:国と自治体、規模は違いますが一人一人の幸せを大切にしたいという気持ちは同じですね。
毛利:では、どうすれば個人を幸せにできるのか。それは科学技術ばかりではなくて、芸術や技術、教育などさまざまな智恵を、人類という枠組みを越えて未来の地球のために生かしていくことです。その智恵のことを私は「未来智」と名付け、館長として20年間ずっと訴えてきました。個人といっても自分や家族のことばかりを考えるのではなくて、家族が幸せであるためには地域の人たち、そして、地域の自然の中にいるすべての生き物と良い関係を築く努力をするということです。
地球上の動物や植物、微生物など、すべての生き物の遺伝情報は同じ4種類の塩基でできており、人類だけが特別ではないのです。また、日本では人口減少が進んでいますが、世界規模では人口爆発で2050年過ぎには100億人に達すると考えられています。そうすると地球に住める限界も見えてきました。私たちは自分が住んでいる地域だけでなく他の地域・国とも空気や水でつながっている、運命共同体であることを意識すべきです。つまり、地球生命全体を個人が認識しないと、私たちの未来の生活はうまくいかない、という考え方です。
■人と人とのつながりは信頼あってこそ
市長:「未来智」とは、自分以外のすべての生き物と良い関係を築く努力をするという考え方なのですね。今後の自治体としてのまちづくりにとっても大切な視点だと思います。
毛利:未来の地球のことを考えるとき、自分だけ、自国だけ、人類だけという視点にとらわれないことが大切です。そのためには多様性を認め、さまざまなつながりを作っていくことが必要です。これからの行政に求められる大切な役割なのではないでしょうか。
市長:そうですね。枚方市民の幸せのために課題解決に取り組んでいますが、一方で、環境問題や人口減少問題など、ひとつの自治体だけでは解決が難しい課題が増えています。
毛利:そこで必要になるのが個々同士のつながりだと思います。では、つながりをどうやって作るのかが次の課題ですよね。いろいろな世代を横だけでなく縦でもつなぎ、個々がコミュニケーションをとれる仕組み作りの工夫が必要です。
市長:毛利さんは著書で「科学コミュニケーション」を大切にされてきたと書かれています。科学の世界でのコミュニケーションの大切さとはどういったものなのでしょうか。
毛利:最初の科学コミュニケーションは、国の予算で研究している研究者が社会の中でどういう役割を果たしているのかなどを市民に伝えることがスタートでした。でも、研究者は、市民に対して「自分の研究は価値があってすごい」という知識をただ言うだけで、結局うまく伝わりませんでした。そこで、市民と研究者の間に立ち、科学をわかりやすく伝えることを専門にした「科学コミュニケーター」を育成する取り組みが、日本科学未来館ができたときに国の施策としてスタートしたんです。
市長:専門用語などを使った難しい言葉での説明は、漠然としたすごさは感じるものの本質まで理解するのは難しいですからね。そんな専門的知識を、どんな人にも分かるように伝えるのが科学コミュニケーターの役割というわけですね。
毛利:ところが、知識をどれだけ分かりやすく伝えても、信頼がないと人々の行動までは変えられない。それが身に染みたのが東日本大震災の時でした。現地にボランティアで派遣した科学コミュニケーターたちが、関東圏や原子力発電所の周辺地域の住民から「水道水は飲めるのか」と聞かれるので、放射能の数値を測って安全性を伝えたのですが、結局は使おうとしてくれないのです。住民が本当に知りたいのは知識ではなく、その知識が信頼できる人からのものなのかどうかだということに気づかされました。これをきっかけに、育成していくコミュニケーター像を、知識を伝えるだけではなく、人としていかに信頼を持ってもらえるかという点を重視するよう方針をガラッと変えました。
市長:市政運営も、まず信頼されるべきであるというところは共通しています。人と人とのつながりをつくる役割を果たせるのは、市民に信頼されてこそですね。
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