◆思い出せ、忘れるな、考えろ~関東大震災100年目の年に~
「朝鮮人あまた殺され/その血百里の間に連なれり/われ怒りて視る、何の残虐ぞ」
これは関東大震災の時に、群馬県に住んでいた詩人の萩原朔太郎が、朝鮮人17人がデマを信じた自警団によって殺害された事への怒りから、震災翌年に発表したものです。
1961年生まれの私の記憶では、関東大震災の時に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが震災地に流れ、これを信じた民衆が朝鮮人虐殺を引き起こしたことは、歴史的事実として語り伝えられてきたことでした。
しかし、今年、4月5日の毎日新聞の記事(2023年4月5日毎日新聞朝刊「関東大震災・朝鮮人虐殺100年なかったことにするな」)では、東京都が「都ではこの歴史認識に言及していない」「小池知事は毎年9月に行われる朝鮮人大虐殺追悼祭に追悼文を発出しておらず」等として、この歴史的事実を正面から認めようとしていないことを知りました。知事は虐殺について「様々な見方がある」「歴史家がひもとくもの」として正面から認めない発言を繰り返してきたとされています。
関東大震災100年という年にあって、この事実が曖昧にされようとしていることに私は危機感を覚えました。在日コリアンに対するヘイトスピーチ、ネット上での誹謗中傷、京都ウトロ地区に対する放火事件等など、今なお、朝鮮人に対する差別が厳然と存在している日本社会で、こうした歴史的事実を隠蔽しようとすることを見過ごしてはならないと思いました。調べたところ、内閣府の中央防災会議がまとめた報告書には、中国人や朝鮮人と間違われた日本人も含めて殺害された人の数は、震災による死者数約10万5000人の内の1%~数%つまり、1000~数千人とされていることが分かりました。また、自警団や民衆が引き起こした虐殺事件だという私の認識は不十分であり、そこに国や軍が関わっていたことも分かりました。
当時警察組織の幹部であった正力松太郎氏は「朝鮮人来襲の虚報には警察庁も失敗しました。(中略)要するに人心が異常なる衝撃を受けて錯覚を起し、電信電話が不通のため、通信連絡を欠き、いわゆる一犬虚に吠えて万犬実を伝うるに至ったものと思います。警視庁当局として誠に面目なき次第であります(後略)」と述べています。(「九月、東京の路上で」著加藤直樹p37より一部抜粋。中略は池上による)
更に、調べていくと沖縄出身の人や被差別部落出身者、聴覚障害者が殺害されていることも判ってきました。被差別部落出身者は香川県から薬を売るために千葉県まで行商に訪れていたのですが、そこで朝鮮人と間違われて殺害されたのです。この事件は、映画「福田村事件」として上映されています。その中で、薬売り行商団のリーダーである沼部新助(永山瑛太さん)が民衆に向かって「朝鮮人なら殺してええんか」と命がけで叫ぶ場面があり、目に焼き付いています。
「思い出せ、忘れるな、考えろ」これは、毎日新聞論説委員の元村有希子さんが「水説」というコラムに引用していた言葉ですが、改めて噛みしめなければならないと思います。
池上 英明(大阪教育大学)
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