◆アートの力を育てる
山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』(光文社新書)は、「経営におけるアートとサイエンス」という副題が示すように、ビジネスマン向けに書かれた本だ。しかし、「論理」「理性」など「サイエンス」だけでは、今の複雑で不安定な状況を生き抜くことができない。「直感」や「感性」などの「アート」が必要だという主張は、教育の世界にも示唆を与えている。
どれだけ速く答えを見つけられるかという力を仮にサイエンス力とし、答えのない状況でも自分のアイデアを出せる力をアート力とする。私は、この2つに加えて、そのベースの部分に「人権力」というものを設定したい。サイエンス力を磨くにしても、アート力を発揮するにしても、互いの人権を尊重するという関係や環境が不可欠だと考えるからである。
まず、アート力をつけるには、やはり良質な作品に触れるということが必要だ。伊丹市に市立伊丹ミュージアムがあって、市立の美術館として意欲的な取り組みを展開している。ミュージアムの詳細については、ホームページをご覧いただくとして、その取り組みの一つとして「伊丹一句の日」という事業がある。毎月一九日、二〇日、二一日に市内・外から俳句を募集して、優秀作を表彰する。伊丹大使の坪内稔典さん、宇多喜代子さんなどが選者を務めており、今年度から私も選者の一人に加えていただいた。
「伊丹一句の日」の記念イベントとして、先日、句会ライブという催しがあった。このライブは、先生がいてその先生の選句が中心で、選評も先生だけが行うという、よく行われる句会の形式ではない。コメンテーターである私たちも俳句を出し、選句するけれども、参加者の選句も尊重し、皆さんとのやりとりから、よりよい俳句を見出して行こうとするライブだった。
この日の最高点句は、コメンテーターの坪内稔典さん、平きみえさん、私の三人とも選ばなかった俳句だった。会場からはなぜ選んだのか、こちらからはなぜ選ばなかったのか、冒頭から興味深いトークがはじまった。
伊丹市の各所に「伊丹一句の日」の投句箱が設置され、インターネットからの投句も可能なため、全国から俳句が集まる。実際の選句は、句会ライブのように作者と対話しながら選ぶことはできないが、ライブ感覚で一句一句と対話しながら選びたいと思った。
アート力は、サイエンス力のように猛勉強すれば身につくものではなく、こうした町をあげての取組を通して育っていくものだろう。そして、相互の作品を尊重しあうという「人権力」も、このような取組の中から生まれるにちがいない。
岡田耕治(大阪教育大学)
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