■ノーベル賞に思うこと
今年のノーベル文学賞は、韓国の作家、ハン・ガン氏、同じく平和賞は日本原水爆被害者団体協議会(被団協)に贈られました。ウクライナ戦争、ガザへの過剰攻撃(虐殺と呼ぶべき)を止められずにいる世界を考えるとき、この二つの受賞に込められたメッセージの重さを思わずにはいられませんでした。ちなみにハン・ガン氏は「…戦争が激しく、毎日遺体が運ばれる中で、何を祝うのか」と受賞を祝う記者会見を拒否され、受賞のニュースの日「静かにお茶を飲んで祝います」と話しました。
ハン・ガン氏の作品は、日本でも素晴らしい翻訳で紹介されているので、未読の方にはぜひ読んでいただきたいです。「歴史的トラウマに立ち向かい、人間の命の脆さをあらわにした強烈な詩的散文に対して」という受賞理由に、私は深く納得しました。最新作『別れを告げない』(白水社・斎藤真理子訳)、代表作でもある『少年が来る』(クオン・井手俊作訳)で、それぞれ済州島四三民衆蜂起(1947)と光州民主化闘争(1980)という韓国現代史の大きな事件が扱われています(背景について補うために翻訳者である斎藤真理子さんの『韓国文学の中心にあるもの』(イースト・プレス)を合わせて読むのもお勧めです)。私がハン・ガン氏の作品に惹かれるのは、そのどれもが平凡な、歴史的な記録には残らない小さな存在に寄り添った物語だからですが、関係者がまだ多く生存する事件を扱うにあたって作家はあえて取材せず「記録、とにかく読めるものすべてに目を通した」と語っています。「過酷な暴力の記憶を語らせること」がトラウマを刺激する暴力になりうることを思うと、私はその姿勢に敬意を覚えずにいられません。そして創造された物語は、強大な権力による暴力と人間の脆さ、それでも支え合い、命を守ろうとする尊さ・尊厳を深く考える時間を与えてくれます。
ある韓国の知識人が、この受賞に際してこんな所感を公にしていました。「…ノーベル賞受賞委員会という枠組みで見た西洋人の視点から、私たちが成し遂げたことの中で、人類の普遍的な価値の頂点に達したのが光州だったということだ。人類の普遍的価値とは、人間の尊厳、自由、平等、民主主義、人権のようなものだ」「現代韓国は政治的、社会的、心理的に光州に借りがある。私たちの民主主義は光州が流した血の上に立っているからだ。…今、私たちは文化的にも光州に借りがある」
人類の普遍的価値、そして平和について考えるために、日本語訳で読める恩恵に感謝しつつ、私も『少年が来る』を再読しようと思います。
大阪教育大学 北川知子
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