■豊中村領主 片桐家(4)~武家の茶道 石州流~
大和国小泉藩2代藩主、片桐貞昌(さだまさ)は茶道の流派である石州(せきしゅう)流の開祖、片桐石州の名でも有名です。石州は、4代将軍徳川家綱に茶の湯を指導する指南役を務めたことから、全国の諸大名などの間で石州流茶道が広まりました。武家の茶道でありながら、千利休の流れを汲み、楽焼(らくやき)(千利休が愛した手づくねの焼物)の茶碗を使用するなどの特徴がある流派です。
石州の家臣に宇多大津村の地侍であった藤林家に由来する藤林宗源(そうげん)がいます。宗源は石州に仕えながら、桑山宗仙(そうせん)から石州の弟弟子として茶の湯を学び、延宝元(1673)年に石州が死去した後は、京都に居を移し石州流の中心人物として尽力し、晩年は肥子村(和泉市肥子町)に暮らしました。田中家住宅(助松町)の庭は、宗源が作庭したものと伝わっています。
宗源の息子、宗理(そうり)も同じく片桐家に仕え、石州流の茶人として活躍しました。
問合せ:生涯学習課
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