現在私たちが使用している時計は、機械式時計、クオーツ式時計、スマートウォッチ等に大別されますが、これらの普及以前は日時計や和時計を代表とする様々な種類の時計が使用されていました。
日向市東郷地区文化センターに民俗資料として所蔵されている日時計は、明治~昭和初期に流通していたものと考えられます。当時は高級品であった機械式時計と比較すると造りは簡素で、材質は木製に紙です。直径は約6cm、厚みは約1cmを測ります。文字盤には日の出から日暮れまでの時刻がVIII~IVで印刷され、下部の十二支は方角を表しています。
今回日時計を紹介するに当たり、欠損したパーツを復元し、実験的に使用してみました。日向市の緯度である32度の角度を付けた、ノーモンと呼ばれる投影台紙を作成し、弓状の金具(復元)で直角に固定します。左下部の穴に本来設置されていた方位磁針(欠損)で日時計本体の方角を南北に合わせ、落ちた影で時刻を読み取ります。正確とは言えませんが、おおよその時刻は読み取ることができました。(時刻は14:50)
江戸時代までは夜明けと日暮れを基準に6等分し一刻と呼ぶ不定時法が採用され、一刻の長さは昼夜や季節によって変化しました。夏至の一刻は約2時間40分であるのに対し冬至の一刻は約1時間50分で、1時間ほどの違いがありました。当時は1日に3回、寺の鐘が時刻を知らせたようです。明治元年の神仏分離令により寺の鐘が廃止され、6年の改暦の布告により1日を24時間とする定時法が導入されてからは、機械式時計の需要が高まりました。日時計は不定時法から定時法へ移り変わる過渡期の時計であり、動力不要で時刻を把握できるツールとして需要が高かったのでしょう。
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