■先込式火縄銃(さきごめしきひなわじゅう)(薩摩筒(さつまづつ)) 銘 薩州住重則(さっしゅうじゅうしげのり)
南九州を中心に普及していた火縄銃「薩摩筒」。製作者は江戸初期に兄と共に鹿児島城下で活動していた鉄砲鍛冶師の石神彦兵衛重則(いしがみひこべえしげのり)です。当時、鉄砲製作は武士が担っていて、重則は石神という名字をもっていることからも武士であることが分かります。
この銃には朱漆が塗られ、唐草や雷と雲の文様などは金象嵌(きんぞうがん)(彫った溝に純金を埋め込む技法)で施されるなど、鹿児島藩独自で磨かれた銃細工が見事な様を見せています。これは当時、銃の一大生産地であった江戸や堺、国友(滋賀県長浜市)産の銃の形や装飾とは全く異なります。また、20代島津久茂(ひさもち)も狩猟時に使用していた本銃は「久茂御狩筒(ひさもちおかりづつ)」とも伝えられていて、その装飾や傷み具合から鉄砲好きだった久茂のこだわりも感じられます。
鉄砲伝来から50年余りが経った江戸初期に鹿児島藩で生産されていた本銃。その技術などから同藩の独自性などがうかがい知れる貴重な史料です。
※本史料は12月14日(土)から開催する収蔵史料展で展示します
問い合わせ:都城島津邸
【電話】23‒2116
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