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【故郷の人物を知ろう】たかおか温故知新(おんこちしん)

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富山県高岡市

■国泰寺を開いた高僧/慈雲妙意(じうんみょうい)(1274~1345)

慈雲妙意は南朝・北朝の天皇をはじめ多くの人々から尊敬を集めた高僧です。現長野県出身の慈雲は1285年、現新潟県の五智院(ごちいん)で出家します。関東各地を経て、1296年、北陸の曹洞禅(そうとうぜん)への行脚(あんぎゃ)の途中、幽玄な二上山に惹かれて山中に草庵(そうあん)を構えます。ここを訪れた孤峰覚明(こほうかくみょう)(三光国師(さんこうこくし))の誘いにより、現和歌山県の由良興国寺(ゆらこうこくじ)の無本覚心(むほんかくしん)(法灯(ほっとう)国師)のもとで修行して悟りを開きます。無本の死後は孤峰の弟子となり、1299年に二上山に戻り、摩頂山東松寺(まちょうざんとうしょうじ)を開いたとされます(現弘源寺(こうげんじ)(氷見市)付近)。慈雲の名は全国に広まり、1327年には朝廷で後醍醐(ごだいご)天皇に法話をし、清泉禅師(せいせんぜんじ)の号を賜ります。さらに翌年、「勅額(ちょくがく)(天皇直筆の額字)」を賜り、以後国泰寺と称し、京都南禅寺(なんぜんじ)と同格の勅額所(ちょくがんしょ)となったとされます。慈雲が72歳で死去すると北朝の光明天皇より「慧日聖光国師(えにちしょうこうこくし)」の諡号(しごう)が贈られました。写真の木造慈雲坐像は、2017年東京国立博物館の調査によって、作者が仏師・運慶の子孫で1532~55年に活躍した康運(こううん)と判明しました。国泰寺では、この坐像を祀り、毎年6月に慈雲禅師を偲んで開山忌(かいさんき)が盛大に行われています。(仁ヶ竹主幹)

問合先:博物館
【電話】20-1572

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