■約70年続く、鉄砲への熱き思い
江戸幕府正統派森重流砲術師範・古式銃砲修復鉄砲師
永井 正之さん(松原)
火縄銃などの古式銃修理を手がけている永井正之(本名:永井正夫)さんを紹介します。
町芸術文化祭で毎年森重流砲術※を披露している永井さんは、約40年にわたり森重流砲術の伝承に努めており、多くのメディアからも注目を集めてきました。今回は、古式砲術に欠かせない鉄砲修理のお話を伺いました。
○鉄砲に興味をもったきっかけは?
15歳の時の米軍将校夫婦との出会いがきっかけです。終戦後、住んでいた東京都内には米軍専用の自動車整備工場ができ、そこで整備士見習いとして働きました。あるとき洗車していた車から小銭を見つけ、車の持ち主である夫婦に渡したところ「正直な人だ」と言われ、自宅に招かれたのです。家の中には立派な古式銃がずらり。興味津々で見ていると、彼は銃の扱い方や修理方法などを教えてくれ、特別に空打ちもさせてもらいました。
○修理技術を身に付けた方法は?
古式銃への興味が増し続ける一方で、お金がなくすぐには手に入れられませんでした。何年か働いてお金を貯め、ようやく買うことができたのです。十分な知識もなかったので、米軍将校から教わりながら分解して直す作業を何度も繰り返し覚えました。その後は技術習得のため都内各地の自動車整備工場で働きながら、木工・溶接・塗装など古式銃の修理に必要な勉強をしていました。
○本格的に火縄銃修理を始めたのはいつから?
昭和35年、自動車整備工場を開店し、同時に家具の修理、そして米国西部開拓時代(1860~1890年頃)の古式銃の修理なども行いました。工場を閉めた後も鉄砲の修理だけは続けていました。縁あって平成5年に朝日町に住むことになり、火縄銃の修理も本格的に勉強を始めました。さまざまな古式銃を取り扱ってきたこともあり、すぐに覚えられましたね。
○鉄砲の魅力は?
狩猟や射撃など、持ち主によって使われ方が違うところですね。時代の流れや国によっても作りが違うことも魅力の一つ。人間の手で作られてきた道具の中でも、特に繊細で面白いです。仕組みはもちろん、その魅力や歴史にも興味をもって学ぶことは、正確な修理に必要なことだと思います。
○これまでを振り返って一言
1丁ごと手作りの古式銃修理は一つ一つ手作業で行わなければならず、細かい作業が多くあります。また部品を直すための道具がなければ、それを作ることから始めなければならないこともあります。本当に時間と手間がかかりますね。部品や塗装・溶接の方法も何種類もあり奥が深いです。こうして長く続けらているのは、鉄砲への興味が尽きないからでしょうね。修理作業も、仕事というよりも研究として取り組んでいます。
これからも慎重さ、繊細さ、そして鉄砲への熱意を持ち大切にして修理作業に当たっていきたいです。
※森重流砲術とは
森重靭負都由(もりしげゆきえすべよし)が、米沢藩上杉鷹山公の時代、藩士に教えた砲術。森重靭負都由は後に江戸幕府に仕え、その門弟は2,800人を超えたといわれています。永井さんは昭和40年から森重流を学び門下生とともに研究を重ね続けています。
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