■サッカースタジアムをみんなの居場所に
株式会社ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ
井尻真理子
人は、いつもきっかけを探しているのかもしれない。
未来に向け懸命に生きる県民を紹介する連載・山梨懸人の3回目の舞台は、サッカースタジアム。
そこには、山梨県の不登校問題の解消を目指す女性がいる。
なぜ、この場所なのか。彼女の取り組みから、社会問題解決のヒントが見えてくる。
◇ある女性との出会い
物語は、1本の電話から始まる。「井尻さんのところで、どうか、面倒を見てくれないか」―。
母校・山梨英和中・高校の恩師からだった。Jリーグに所属するチーム・ヴァンフォーレ甲府(以下、ヴァンフォーレ)の営業を担う井尻真理子さん(50)は当時を振り返る。
「突然でした。聞けば、いじめられた過去があり、家に閉じこもっている女性がいる。その人はサッカーが大好きだから、ヴァンフォーレで社会とつながる活動をさせてあげられないかというお話でした」
そして紹介されたのが、白鳥恵美さんだった。白鳥さんには、早速チラシの封入作業や、試合前の準備などを手伝ってもらった。
すると、日を追うごとに白鳥さんが元気になっていくのが分かった。その頃の気持ちを、白鳥さんはこう話す。
「ここにいる人は誰も、私の過去について聞かないんです。話題に上るのは『好きな選手は?』などサッカーのことばかり。試合観戦中も、チームが得点したらハイタッチをしてくれた。『気持ち悪い』『触らないで』と避けられた過去がある私にとって、自分の居場所ができたのが、心地よくて」
やがて、白鳥さんは引きこもりを克服した。
「これまで、私は不登校の人と関わったことがありませんでした。白鳥さんをきっかけに、本人やご家族の思い、それを見守る先生や周囲の環境などを知ったんです」(井尻さん)
その後も、ヴァンフォーレを訪れたことで、1人、2人と社会復帰を果たす人が現れた。
「ヴァンフォーレを、みんなにとっての居場所にしたい」そんな思いが、井尻さんに募り始めた。
◇人の「あたたかさ」を知ってほしいから
井尻さんが生まれたのは、1974年の第二次ベビーブームの最中。入学した早稲田大学ではスポーツ新聞部に所属し、取材に奔走した。卒業後も、こうした仕事に就くものだと思っていた。しかし、井尻さんを就職氷河期の波が飲み込んだ。
「友人の中でも、男性はテレビ局や出版社等のみんなが憧れる企業にどんどん就職を決めているのに、女性は、なかなかうまくいかなくて」
なんとか掴んだのは、出版社の契約社員だった。その後も、編集プロダクション、広告代理店と渡り歩いたが、期限付きの雇用だった。
そんな井尻さんを正社員で受け入れてくれたのは、ヴァンフォーレだった。
「いつか、恩返しがしたいと思っていました」
広報、営業とキャリアを重ねる傍ら、白鳥さんをはじめ、心の拠り所を探している人を支援した。
そんな井尻さんが新たな契機に遭遇する。「やまなし女性Miraiクエスト」だ。プロジェクトの進め方を学べ、プレゼンを通過すれば、資金面のバックアップもあるという魅力もあった。募集を見た瞬間に「不登校問題の解決につながる提案をしよう」と参加することを決めた。
「不登校の解消はもちろん、自分に自信をつけるためにも、この企画を通したい!そう思って挑みました」
事業企画には「外に出るきっかけになれば」と、不登校の子たちにヴァンフォーレの試合を観戦できるチケットの配布を盛り込んだ。プロジェクトには、白鳥さんも協力してくれることになった。
終業後も、休みの日も、頭の中は常にプレゼンのことでいっぱいの日が続いた。後日「合格」通知を受けた瞬間は、思わず胸が熱くなった。
2022年10月16日、第102回天皇杯で、J2のヴァンフォーレがJ1のサンフレッチェ広島を破り、初優勝を飾った。その瞬間、たくさんのサポーターが互いに手を取り、抱き合った。
「ふれあえるって、温かい。知らない人同士でも、同じものを見て、楽しんだり、感情を共有したりするって素敵なことなんです。配布するチケットが、そんな喜びを知ってもらえる『未来への切符』になれば嬉しいです」(井尻さん)
◇ここがヒント
山梨県は、2024年度から女性管理職の創出を目指す事業「やまなし女性Miraiクエスト」をスタート。同事業には、18人の女性管理職候補者が参加している。数カ月にわたる研修で管理職の役割や、プロジェクト推進のノウハウを学ぶのと連動して、社内プロジェクトを立ち上げて実践する。参加者同士が互いに刺激し合いながら、それぞれが目指す女性管理職像に向けて奔走中。
◎HISTORY
1974 甲府市生まれ
1997 早稲田大学卒業。その後、出版社、編集プロダクション、広告代理店で勤務
2002 ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブに入社
2016 不登校の子たちへの支援を始める
2024 「やまなし女性Miraiクエスト」で不登校支援の事業化検討を開始。
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