平安時代
history No.51
◆柱(はしら)
古代中央市最大の建物が病院の下に!?
山梨大学医学部附属病院敷地内で1月まで行われていた上窪(かみくぼ)遺跡の発掘調査中に大きな柱が出土しました。直径30cm、根元の部分が75cmほど残っており、底は平らに加工されています。穴の中に柱を置き、周りに土を詰めて固定する掘立柱(ほったてばしら)で、周りから出土する土器から考えて1000年以上前の柱ということがわかります。
また、根元をよく見るとU字状に穴が貫通しています。これは「えつり穴」と呼ばれ、山から木を切り出し、川を使って運搬する際に、木と木を結んで筏(いかだ)を組むためにくり貫いたものです。大木が何本も中央市に運び込まれ、大きな建物が建てられたことになりますが、今回の調査で柱は調査区の隅で1本しか出土しませんでした。建物の大部分は調査区の外ということになります。
いったいどんな建物が建っていたのでしょう。倉庫?屋敷?想像が膨らみます。
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