■「躍進美濃加茂市の象徴」として―新庁舎竣工とその後―
市制施行後、行政拠点としてしばらくは旧太田町役場が使用されていましたが、昭和36年に、現在の位置にようやく新庁舎が誕生します。総事業費1億1745万円余をかけた鉄筋コンクリート造り3階建の建物で、監督と施工はそれぞれ時の一大企業であった溝口建築と清水建設が請け負い、前年の起工式から急ピッチで工事が進められていました。当時の市報によると、業者の選定にあたっては「秀麗、豪壮にして且(か)つ市民に愛され親近感を得る」ような設計管理に期待したといいます。
「市民の福祉と繁栄につながる市政の中枢機関」となることを目指し、窓口の間取りは利用者の親しみやすさと便宜が第一に考えられ、なるべく開放的な空間になるように配慮がなされたそうです。
4月17日に開庁式が行われ、この日から執務を開始。真新しい殿堂を前に、職員たちはさらなる市の躍進に向けて気持ちを新たにしたことでしょう。追って翌月に開かれた竣工式典から数日間は一般参観の期間が設けられ、広く市民に開放されました。当時の広報映像に記録された人々の新庁舎に向かう足取りは軽やかで、その完成に心が躍るようです。
この盛り上がりに合わせてさまざまな祝賀行事や企画も催されます。その一つ、市章の公募には全国から多数の作品が集まり、木曽川の流れを力強く優雅にデザインした1等作は、現在も市のシンボルとして愛され続けています。
その庁舎も市民要望の多様化により業務が増え、場所が手狭となったことから徐々に規模を拡大。昭和54年には本庁舎の隣に5階建の西館が完成し、水道課、教育委員会などが移転され、さらに平成2年には中濃体育館の南側に分庁舎が完成しました。その後も時代の変化に合わせて改修や設備の導入が行われ、市民サービスの向上が図られていきました。
◆[Pick Up]「市の幕開けを支えた玄関看板」
現在の庁舎に掲げられる「美濃加茂市役所」の文字は2代目で、新旧ともに古井出身の座馬井邨(ざんませいそん)(1916~2015年)によるものです。井邨は第2回市美術展で市展賞を受賞し、昭和32年には日展に初入選するなど庁舎竣工時にはすでに著名な書家でした。また太田の祐泉寺で書の教室を開き、後進育成にも努めています。その書体は井邨の清明な感性がみえる優美さが漂うもので、当初から美濃加茂市の表玄関の顔として多くの来庁者を出迎えてきたことでしょう。
問合せ:みのかも文化の森/美濃加茂市民ミュージアム
【電話】28-1110
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