安来市立歴史資料館の展示品を通して安来市の歴史を紹介する、このシリーズ。第7回は、戦国時代のお話です。
8月下旬のことでした。小学2年生の女の子が、夏休みの自由研究「月山富田城のひみつ」が完成したと、持って来てくれました。模造紙2枚にまとめられ、月山富田城跡からの出土品である中国の白磁やタイの陶器が丁寧に描かれていました。2階の展示コーナーで、時間をかけてスケッチしたことが想像できました。
なぜ、月山富田城跡から中国の白磁やタイの陶器が、と思われることでしょう。実は戦国時代、日本海を沢山の船が行き来していました。東南アジアや中国、朝鮮からの品物が、博多に入り日本海沿岸の港を経由して若狭の国(福井県)小浜へ、そして京へというルートが確立されていたからです。月山富田城跡から出土する中国の白磁や青磁、タイの陶器などは、多くの船が安来の港に出入りしていたことを教えてくれています。
戦国大名尼子氏は、美保関を通る船から公用銭(くようせん)という税金を取っていました。また、鉄の積出港である安来や宇龍等日本海沿岸の港を支配下に置きました。このように、尼子氏が日本海交易を手に入れたことは、後に尼子氏が支配領域を拡大するための大きな経済的な基盤となっていきました。
月山富田城跡から、遠く中海や島根半島を見ると、多くの船が出入りしていたことが想像できます。
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