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連載9 知っておきたい安来市の歴史~歴史資料館資料~

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島根県安来市

安来市立歴史資料館の展示品を通して安来市の歴史を紹介する、このシリーズ。第9回は、江戸時代の初めまで存在した富田城の城下町についてのお話です。
1600(慶長(けいちょう)5)年に出雲・隠岐の国主として富田城に入城した堀尾氏は、1611(慶長16)年に松江に新たな城と城下町を築いて本拠地を移転しました。しばらくして富田城も廃城となりましたが、その後も富田城の城下町は存続していました。
しかし1666(寛文(かんぶん)6)年秋の豪雨により塩谷川と富田川(飯梨川)の合流点付近にあった堤防が決壊し、町の大部分が濁流に飲まれて川底に沈んでしまいました。
加えて同年に松江藩松平家の支藩として広瀬藩が立藩し、広瀬の地に新たな城下町が整備されると、富田城下町は次第に忘れ去られていきました。
それから300年が過ぎた1966(昭和41)年頃、川の上流に堰堤(えんてい)やダムが建設されたことなどにより、河床(かしょう)に厚く堆積していた砂が流されて富田城下町の遺跡が姿を現して再び世間の注目するところとなりました。
この遺跡は「富田川河床遺跡」と命名され、1974(昭和49)年に最初の発掘調査が行われたのを皮切りに、その後も河川改修工事に伴い、幾度も発掘調査が実施されました。
その結果、戦国時代から江戸時代初めにかけての建物跡や石垣、井戸、墓地、道路など多くの遺構(いこう)が発見され、陶磁器のほか、くしやげたなどの木製品や、包丁やキセルなどの金属製品など、富田城下町の人々の豊かな暮らしぶりがうかがえる生活道具類が多数出土しています。

問合せ:歴史資料館
【電話】32-2767

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