■第4回 匹見の山城
今年11月16日(土)・17日(日)に益田市において「第31回全国山城サミット益田大会」が開催されます。
これにあわせ、本連載では市内の代表的な山城を紹介します。
匹見町にも山城が点在しています。今回は、特に市の史跡に指定されている山城を匹見川上流から順に紹介します。
道川(みちかわ)城跡(匹見町道川)は、匹見川南側に小平野が連続するあたりに突き出た尾根の先端部に位置します。三段の曲輪(くるわ)が尾根の先端に向かって並び、その背後は尾根伝いに攻められないよう、切岸(きりぎし)と三重の堀切(ほりきり)によって遮断されています。
上ノ山(うえのやま)城跡(匹見町匹見)は、匹見町中心部からやや東側に位置し、曲輪と横堀(よこぼり)が残ります。萩原・半田・江田・山根下・正下地といった地域を眼下に収め、また山根上・広見を経て安芸国(あきのくに)(広島県)に通じる街道を押える位置にあります。
一方、小松尾(こまつお)城跡(匹見町紙祖)は、匹見町中心部から南に伸びる平野部の奥まった場所に位置し、紙祖の平野部と紙祖川沿いに三葛や七日市(なのかいち)(吉賀町)、安芸国、安蔵寺(あぞうじ)山の麓を回り六日市(むいかいち)(吉賀町)に通じる街道を押える位置にあります。南北の尾根上に一直線に曲輪が配置され、背面は四重の堀切で遮断されています。
碁盤嶽(ごばんだけ)城(匹見町広瀬)は、和又の集落を押える位置にあり、曲輪が残ります。また、広瀬(ひろせ)城跡(匹見町広瀬)は、広瀬の集落を押える位置にあり、曲輪と竪堀(たてぼり)・横堀が残ります。
叶松(かのうまつ)城跡(匹見町澄川)は、持三郎・三出原・長尾原・土井ノ原と匹見川沿いに平地が連続する最も下流の高い山上に位置します。背後に三重の堀切があるほか、正面にも堀切があります。
匹見の山城はやや小規模なものが多いですが、前面は匹見川が天然の堀となり、背面は堀切を設けて防御を固めており、いずれも堅固な山城と言えます。
問い合わせ先:市文化振興課
【電話】31-0623
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