■パリ五輪出場 岡﨑遥海選手にインタビュー
カヌーのスラローム女子カナディアンシングル・女子カヤッククロスでパリ五輪出場を果たした、吉田町出身の岡﨑遥海さん。8月に帰省されたタイミングで、お話を伺いました。
岡﨑遥海さん
1998年7月3日、安芸高田市吉田町生まれ。23年杭州アジア大会3位。パリ五輪では、女子カナディアンシングルで予選20位。女子カヤッククロスでは、第1ラウンドの9組で4位、敗者復活戦の2組で3位。
◇リラックスして五輪を満喫市民からの寄せ書きも力に!
―パリ五輪、本当にお疲れさまでした。振り返ってみていかがですか?
ありがとうございます。今回、日本への枠の再分配で出場できることになり、2週間でピークまで持っていくのが大変でした。でも逆に、失うものは何もないんだし楽しもう!と思うことができました。会場の雰囲気もすごく楽しくて、立ち上がって足を鳴らして応援したり、DJが音楽を流したりして、お祭りみたいなんです。その盛り上がりの中でスタートを切り、試合そのものを心から楽しむことができました。
―市民の皆さんから、寄せ書きが贈られました。
すごくうれしかったです。「安芸高田の宝です」と書いてあったりして感激しました。吉田町で暮らしていたのは中学生までですが、たくさんの思い出があります。特に、「子どもふるさと探検隊」にお世話になりました。歴史を絡めて探検するようなプロジェクトに参加して、すごく楽しかった記憶があります。あと、タイヤ公園(現:多文化共生センターきらり)でよく遊んでいましたね。今、年3~4回帰ってくるのですが、郡山に走って登ったりしていますよ。美しい自然やスローな空気感など、安芸高田には、東京にないものがたくさんあります。
◇両親に支えられて練習に励んだ子ども時代
―カヌーとの出会いは、三次市作木町のカヌー公園だそうですね。
小学低学年のころに初心者の体験会に参加して、すごく楽しかったんです。そこから両親が毎日、可愛川や作木町まで練習に連れて行ってくれて、小学4年ころから本格的にレースに出るようになりました。吉田中学校では陸上部に入り、部活が終わったら川で練習…という毎日でした。陸上では持久力や瞬発力が鍛えられ、カヌーにも生かされたと思います。
―オリンピックを目標にしたのは?
吉田小学校の卒業制作の自画像に「オリンピック出場」と書いているので、そのころには意識していたんだと思います。ただ、道のりは本当に厳しくて、頑張ってもなかなかはい上がれない世界。今回、パリ五輪の出場枠を獲得するための世界選手権に出るまで、いくつもの段階を踏まなくてはならなくて…。本当にハードルが高かったです。でも、それを乗り越えたことで、人間として、選手として、一皮むけたと感じています。コーチなど支えてくれた人、応援してくれた皆さんの存在が大きく、心から感謝しています。
―岡﨑選手の強みはどんなところですか?
テクニックです。波によって瞬間的に方向を変えたりしないといけないのですが、体格やパワーで海外の選手に及ばない分、テクニックで補っています。あと、1人でどこへでも行けるところ(笑)。武者修行でチェコに1~2か月滞在し、車を7時間も運転して移動したり、どこでもタフに生きていけます(笑)。
―今後の目標を教えてください。
もちろん、4年後の五輪を目指します。それと、日本にはカヌーの人工コースがほとんどなく、練習できる場所が限られています。だからこそ練習設備を整えて、カヌー競技をもっと広めていきたいです。また、災害時や普段の水遊びにおいても、水の怖さを知ることはとても大切です。そういった意味でも、水上スポーツには大きな価値があると感じています。安芸高田の豪雨災害の際、復旧のお手伝いで戻って来ましたが、水の危険性を改めて実感しました。
―最後に、スポーツで一番大切なことは?
笑顔でやって、笑顔で終わる。これが一番大切です!安芸高田でスポーツに打ち込む子どもたちには、仲間やライバルをたくさん作って、笑顔で楽しんでもらいたいです。
問合せ:生涯学習課 文化・スポーツ係
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